大円寺①(目黒史跡散歩②)
目黒史跡散歩の2回目、今日は、大円寺についてお話します。
大円寺は行人坂の中腹にあるお寺です。
山門も近年再建され、行人坂から大変目立つお寺になりました。

大円寺は、江戸の初期の元和年間(1615~1624)に湯殿山の修験僧(行人)大海法印が大日如来を奉じて祈願道場を建てたのが始まりと伝えられています。
《大黒天》
山門を入ると正面に本堂があります。(下写真)

この本堂は、芝白金のお寺の本道を譲り受けて移築し嘉永元年に再建されたものです。
本堂の中には、正面に大黒天がお祀りされています。
この大黒天は、徳川家康をモデルにして天海上人が彫ったものともいわれていて、薩摩藩島津家から寄進されたものです。

さらに、大円寺には、江戸城の裏鬼門鎮護のため、比叡山から伝教大師作と伝わる大黒天を勧請してお祀りした大黒天もあります。この大黒天は、上野護国院、小石川福聚院の大黒とならんで江戸三大大黒の一つでもあります。
上野護国院は、東叡山寛永寺の塔頭ですが、上野護国院は、江戸城から表鬼門の方向にあります。一方、大円寺は裏鬼門の方向にあり、裏鬼門守護としてお祀りされているそうです。
この大黒天は、秘仏として、釈迦堂にお祀りされていて、一般には公開されていないそうです。
《十一面観音像》
大黒天の後ろに、十一面観音像がお祀りされています。
この観音像は、藤原期に製作されたものと考えられていて、髙さ約168センチの仏様です。こちらは、明治になって廃寺となった明王院にお祀りされていた観音様で、目黒区の文化財に指定されています。
木の肌の保存状態があまり良くないことから、露天にお祀りされている時期があったのではないかとの大円寺では推測しているようです。

《釈迦如来像》
大円寺のご本尊は、釈迦如来像で、昭和32年に国の重要文化財に指定されています。
この釈迦如来像をお祀りしてあるのが釈迦堂です。(下写真)

釈迦如来像は、通常は非公開で、通常は非公開で、花祭り、大黒様の縁日、大晦日から正月七日までなど限られた時にしか拝観できません。そのため、釈迦堂は、上記写真のように、閉堂されています。
大円寺の釈迦如来像は、京都の清凉寺の釈迦如来立像を模したものです。

清凉寺の釈迦如来像には、胎内に人間の体内にある五臓が絹や錦の布で作られ、文書や経巻・宝玉などと一緒に納められているそうです。
清涼寺の釈迦像は美しいため盛んに模刻され、現在は大円寺のほか、鎌倉の極楽寺などにも安置されているそうです。
大円寺の釈迦如来像の体内には鏡や女性の毛髪や紙片が納められていて、解体修理の際に、それらが見つかったそうです。

