獏王像・三匝堂(さんそうどう)〔五百羅漢寺②〕(目黒史跡散歩⑪)
今日は、五百羅漢寺の2回目です。
五百羅漢寺には、見ごたえのあるものがありますので、それらを紹介します。
ただし、建物内の写真撮影が禁止されているので、文章だけになることをお許しください。
羅漢堂の中に《獏王(白沢)像》があります。この獏王は重要文化財に指定されています。
獏は人間の悪い夢を食い、善い夢を与えてくれる動物であると古くから言い伝えられています。
昔わが国では、いい夢を見るために大晦日の夜、枕の下に宝船の絵を敷いて眠る風習がありましたが、その宝船の帆に獏の字や絵を書いたものです。
また江戸時代の百科事典には「白沢(はくたく)は獏なり」とあって、獏は中国の想像上の神獣である白沢と同じものと考えられていました。
松雲元慶もそのことを念頭において獏王像を彫ったと思われ、人面牛身虎尾で額と腹の両側に各三個ずつ、計九個の眼があります。
もとは本尊のうしろに護法神として安置されていましたが、今はこの屋上の守り神として祀られています。
本堂(下写真)の南側にある法堂の脇にも見ごたえのあるものがあります。

そのうち、《造立寄進者名簿》は、本尊や五百羅漢像などを造るために寄進をした人たちの名前が記載されたものです。
その名簿には、五代将軍徳川綱吉の母桂昌院、浅野内匠頭長矩、浅野大学長広、日本橋越後屋などの名前も見られます。名簿も重要文化財に指定されています。
また、五百羅漢寺にあった三匝堂(さんそうどう)通称「さざえ堂」の額も展示されています。
五百羅漢寺の境内にあった三匝堂(さんそうどう)は、寛保元年(1741)に建立されました。
「匝」とは一周廻ると言う意味で、三匝堂とは、3回廻る堂の意味で、内部が三層の螺旋状をしており、同じ通路を通らずに上り下りができる構造でした。
その形状がサザエのようであることから「さざえ堂」と呼ばれました。
さざえ堂は、秩父、坂東、西国の三大観音霊場百ヶ所の観音様を請来し一堂に集めてあり、参詣者は右回りに堂内を一巡すれば百観音の霊場巡りができました。
さざえ堂は、明治初年に壊されてしまい、現存していません。

