大鳥神社(目黒史跡散歩⑱)
目黒史跡散歩の最後は、大鳥神社をご案内します。
大鳥神社は、目黒通りと山手通りが交差する「大鳥神社前」交差点の西南角 にあります。
旧目黒三村(上目黒、中目黒、下目黒)の総鎮守で、主祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)です。
日本武尊が、東国の蝦夷を平定した際に、大鳥神社で、東夷を平定できるよう祈願するとともに、部下の「目の病」が治るようにお願いされたところ、首尾よく東夷を平定し、部下の目の病も治ったので、手近に持っていた十握剣(とつかのつるぎ)を当社に奉納し感謝したといいます。
社伝によると、大同元年(806)に社殿が造営されました。
大鳥神社で11月の酉の日に行われる「酉の市」は、大変にぎわうようです。
この酉の市について、目黒区のホームページに興味深いことが書いてありましたので、紹介しておきます。
その一つは、酉の市は日本武尊が焼津で草薙の剣で火難を防いだことに由来する火難除けの神事であると書いてあることです。
また、「酉の市」が酉の日に行われるのは、日本武尊が熊襲を撃つために出発した日が酉の日であったためといわれるとも書いてありました。
詳しくは、目黒区のホームページをご覧ください。
大鳥神社境内に、茶人の古田織部正重然(しげなり)が考案したといわれる織部灯籠があります。
この石燈籠は、胴の部分に十字模様や像が刻まれているため、切支丹灯籠とも呼ばれています。
肥前島原藩主松平主殿頭の下屋敷内にあったものだそうです。
切支丹燈籠は、江戸時代は大鳥神社の別当寺であった大聖院にもあります。 大聖院は、大鳥神社の隣にあります。
弘治3年(1557)貞順によって開創されたと伝えられていますが、江戸時代の、元和年間(1615~23)生運和尚が中興し、大鳥神社の別当寺でした。
現在の鉄筋2階建ての本堂は、昭和42年に新築されたものです。
正門をはいると正面右手に3基の織部灯籠があります。(下写真)
この石燈籠も、旧島原藩主松平主殿頭の下屋敷にあったものが、大正15年10月大聖院に移されたものです。


