啓運寺(日暮里・谷中史跡巡り⑩)
啓運寺は、養福寺の50mほど西側にあります。駅は西日暮里駅より日暮里駅のほうが近いです。
啓運寺は、元々、上野にありましたが、幕末の上野戦争で焼失し、明治18年に現在地に移転しました。
下写真は、諏訪の台通りから撮った啓運寺の写真です。

《法華宗(本門流)とは》
啓運寺は、法華宗(本門流)の寺院です。
法華宗というと日蓮宗だと思う人が多いと思いますが、法華宗と日蓮宗はともに日蓮上人を宗祖としていますが、別の宗派です。
日蓮宗は身延山久遠寺が本山ですが、法華宗はいろいろな流派に分れていて、本門流は、京都の本能寺をはじめ四つの寺院を大本山とする流派です。本門流のお寺は、東京では珍しいように思います。
《木造毘沙門天像》
門を入ると左手に毘沙門堂があります。(下写真)

そこに荒川区の有形文化財に指定されている木造の毘沙門天像が安置されています。
毘沙門天は多聞天ともいい、四方を守護する四天王の一つですが、独立した仏様としても信仰されています。
啓運寺の毘沙門天は、運慶作と伝えられているそうですが、台座の裏には「寛政九年八月吉辰、仏師伊東光雲」の墨書銘があることから、江戸時代後期の寛政9年(1797)作とされています。

《延宝八年の庚申塔》
荒川区教育委員会設置の説明板には、境内に延宝8年(1680)銘の庚申塔があり、この庚申塔には、「三守庚申三尸伏、妙法、七守庚申三尸滅」の銘文が刻まれていると説明されています。
その庚申塔を探しました。本堂正面にあるものが、そのようです。
銘文の部分は、大部分が損壊していて、ほとんど読めませんが、その脇に延宝八年と読めましたので、これが説明板に書かれている庚申塔だと思います。(下写真)
この庚申塔は、荒川区内では唯一の日蓮宗系の庚申塔だそうです。

赤印が啓運寺です。

