光雲寺(江戸のヒロインゆかりの寺社②)
今日は、東福門院和子ゆかりのお寺として、京都の光雲寺をご案内します。
光雲寺は、南禅寺の境外塔頭で、南禅寺の北方にあり、南禅寺から永観堂を過ぎて徒歩15分ほどの距離にあります。
ただし、光雲寺は、南禅寺・禅センターを兼ねているため、「座禅中に付き、関係者以外立ち入り禁止」の貼紙がされていて、一般に人には公開されていません。

光雲寺はもと摂津国にあった寺院で、弘安三年(1280)に南禅寺を開山した大明国師(無関普門禅師)によって創建されました。
寛文年間、後水尾天皇と東福門院和子は南禅寺の英中禅師に深く帰依しました。そして東福門院和子によって、東福門院和子が生んだ女三宮顕子のため、現在の場所に再興されました。
御本尊には、東福門院和子の釈迦如来と観音菩薩が安置されているそうです。
そうしたことから、東福門院和子の菩提寺とされています。
光雲寺は東福門院の菩提寺ですが、東福門院和子のお墓は、先日ご案内した通り、泉涌寺の月輪陵にあるため、光雲寺にはありませんので、ご注意ください。
光雲寺は一般公開されていませんので、境内には入ることはできませんでしたが、了解を取って、山門から本堂を写させていただきました。
本堂は、光雲寺が現在地に移転した際に建築されました。

東福門院和子は、幕府の財政援助を元に、京都にある宮門跡寺院や尼門跡寺院の復興に力を注ぎました。
その代表が、光雲寺ですが、そのほか、後水尾天皇の皇子・皇女が門跡となった青蓮院、仁和寺、大覚寺、妙法院、知恩院、聖護院、三千院、円照寺、宝鏡寺、林丘寺、大聖寺、霊鑑寺、光照院など、そうそうたる寺院が復興されました。
赤印が光雲寺です。 青印が南禅寺です。

