池玉瀾のお墓(江戸のヒロインのお墓⑬)

池玉瀾のお墓(江戸のヒロインのお墓⑬)

 江戸のヒロインのお墓、今日は、池玉瀾のお墓をご案内します。

池玉瀾のお墓は、京都の金戒光明寺の塔頭の一つ西雲院にあります。

金戒光明寺は、浄土宗の大本山、承安5年法然上人が比叡山の黒谷を下り草庵を結ばれたという由緒がある浄土宗最初の寺院です。

幕末には、京都守護職となった松平容保が本陣を構えたことで有名です。

現在も万延元年(1860)に完成した山門が当時の威容をそのまま感じさせてくれます。(下写真)

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西雲院は、金戒光明寺の広い境内のうち、境内の東の高台にそびえている文殊塔の北側にあります。西雲院は、幕末に京都でなくなった会津藩士を埋葬した「会津墓地」の菩提寺としても有名です。下写真が西雲院の本堂です。本堂の手前にあるのは蓮の花で、西雲院は、四季折々の花が美しいことで知られています。

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池玉瀾のお墓は、この西雲院が御守しています。

西雲院を訪ねたのは、大文字の送り火の翌日8月17日のことです。

ちょうどお盆明けの大変忙しい時期で来客がひっきりなしにあるにもかかわらず、御住職の橋本周現様(下写真)がお時間をつくっていただき池玉瀾についてお話しくださり、わざわざお墓までご案内していただきました。橋本御住職様大変ありがとうございました。

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 池玉瀾のお墓は、西雲院の山門を出て15メートルほど南側にあります。表面に玉瀾墓、左側に天明四甲辰九月二十八日帰漢、右側に祖族代代精霊 感光清月 百合事 裏面には井上泰山建之と刻まれています。

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池玉瀾は、池大雅の妻で、旧姓徳山町といいました。

池玉瀾の母は祇園のお茶屋の主人で歌人としても有名であった百合です。また、歌集『梶の葉』で知られる歌人梶が祖母です。梶、百合、町は祇園三女として有名です。

百合は、梶の養女となり、祇園のお茶屋の主人となりましたが、江戸の旗本の子供徳山某と結婚し、女の子を産み、その子は町となづけられました。
 この徳山町が、池大雅と知り合い結婚し池玉瀾となりました。

池大雅は、祖父の代まで京都の百姓で、池の傍に住んでいたので池野を姓にしたと言われています。池大雅は、池野という姓を中国風に一字で表し池と称しました。

池大雅の父池野嘉左衛門は京都の銀座役人中村氏の下役を務めた富裕な町人でしたが、大雅の幼いころに死別し、大雅は教育熱心な母の手で育てられ、数え年7歳のときに早くも宇治万福寺住職の杲堂元昶(こうどうげんちょう)からその能書を褒められ神童と激賞されました。

15歳のときには扇子に絵を描いた扇絵を売る店を開き生計をたてました。

やがて中国の明・清の画法、傾倒して大和郡山藩家老で文人画家でもあった柳沢淇園(やなぎさわきえん)にも見いだされ、新進の画家として注目されるようになりました。

26歳のとき江戸から東北地方に旅し、江戸で指頭画(しとうが)が評判となり、京都に帰った後さらに北陸地方を遊歴しています。

28歳の時には紀州藩に文人画の祇園南海(ぎおんなんかい)を訪れるなど各地の一流の人物と交渉をもち、腕と人格を磨いていきました。

こうして腕を磨いている30歳直前の頃に徳山町(のちの池玉瀾)と結婚しました。※江戸検お題テキスト「江戸のヒロインたち」には結婚をしたのは宝暦元年(1751)と書いてあります。

池玉瀾は、やさしい女性で、奇行の多い池大雅によく仕え、仲睦まじい夫婦だったそうです。

池大雅は、こうした池玉瀾の内助の功もあり、30歳代以降、文人画(南画)派の指導者と目され、目覚ましい活躍をしました。

池玉瀾も大雅や柳沢淇園に絵を学び、当時一流の女流画家として知られました。

玉瀾という名前は、柳沢淇園の別号である玉桂から一字をもらったものと寛政2年に編まれた伴蒿蹊(ばんこうけい)の「近世畸人伝」に書かれています。

「近世畸人伝」には、少々風変わりな夫婦だった逸話も書かれています

「近世畸人伝」によれば池大雅が難波に出立した際に筆を忘れてしまい、玉瀾がそれを見つけて走って追いかけ建仁寺の前で追いついて筆を届けた際、大雅は届けた人が玉蘭だと気が付かず「(筆を)おしいただき、いづこの人ぞ、よく拾い給りしとて別れ去る」そして玉瀾も「また言なくて帰れり」だったそうです。

また、玉瀾は大雅と一緒に冷泉家で和歌を学びましたが、初めて冷泉家に行った時の様子が大原女のようで冷泉家の人々が大変驚いたことが「近世畸人伝」に次のように書かれています。

御内の女房たち、今や今やと町たるに、思いの外糊こわき綿衣(わたいれ)、魚籠を引提げたる様、大原女のわらうづ(藁沓:わらを編んで作ったくつ)はかぬごとくなれば、大きに驚きけり。

池大雅の画法は40歳頃に完成し、この頃に描かれた作品の中が特にすぐれていると評価されています。池大雅の代表作には、高野山遍照光院の襖絵や、「十便図」「楼閣山水図」などがあります。

池大雅は、安永5年(1776)54歳で没しました。

池玉瀾も、池大雅が亡くなった8年後の天明4年(1784)9月28日亡くなりました。享年57歳でした。

法名は宝誉玉蘭信女といい、金戒光明寺の西雲院に埋葬されました。

池大雅のお墓は京都市上京区にある浄光寺にありますので、池大雅とは違うお寺に埋葬されたことになります。

橋本御住職様のお話では、「大雅さんと玉瀾さんのお墓がそれぞれ別のお寺にあるのは、何らかの事情があると思われます。場合によっては、玉瀾さんは大雅さんの正式な妻ではなかったということも考えられます」とおしゃっていました。

また、池玉瀾の祖母の梶、そして母親百合のお墓があるかどうか尋ねたところ、「祖母の梶のお墓は西雲院にはありません。百合さんは玉瀾さんのお墓の脇に『祖族代代精霊 感光清月 百合事』と刻まれているので、百合さんも一緒に供養されているのだろうと思っています」というお答えでした。
 (下の写真は池玉瀾の墓碑の右側を撮った写真ですが、左下に小さく「百合事」と刻まれています。)

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ご丁寧にお教え頂いた橋本御住職様に改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。 



赤印が西雲院です。青印が金戒光明寺の御影堂です。ピンクが真如堂です。








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by wheatbaku | 2018-09-06 18:26 | 江戸のヒロイン

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