大円寺と笠森お仙の碑(江戸のヒロインゆかりの寺社⑥)
笠森お仙にゆかりの寺社として、「笠森阿仙之碑」がある大円寺をご案内します。この記事も以前掲載したものの再掲です。
大円寺は、谷中にありますが、東京メトロ千駄木駅からが近いです。
千駄木駅1番出口から3分程度の至近距離にあります。

大円寺は、日蓮宗のお寺です。創建年代等ははっきりしませんが、元禄16年(1703)に現在地に移転したとされています。
大円寺の本堂に近くに「笠森阿仙之碑」が建てられています。大正8年に建てられたものです。
「笠森阿仙之碑」は小説家永井荷風が文章を書いています。(下写真)

「笠森阿仙之碑」の手前に「錦絵開祖鈴木春信」碑があります。
「錦絵開祖鈴木春信」碑は文学博士笹川臨風が撰し、題字は東京美術学校(現、東京芸術大学美術学部)校長正木直彦が書いています。(下写真)

鈴木春信は、江戸時代中期の浮世絵師ですが、多色摺木版画の錦絵を始めた人物とされています。
その鈴木晴信が、笠森お仙の姿を数多く描いています。
そうしたことから笠森お仙と鈴木春信は大変関係が深い二人です。
大円寺に笠森お仙と鈴木晴信の碑が建てられたのは、大円寺にも笠森稲荷がお祀りされていた縁によるものといわれています。
大円寺の本堂は、お堂が二つ繋がった形をしています。(下写真)

向かって左側は経王殿の額が掲げられていて、御本尊様(日蓮上人)が追お祀りされています。
向かって右側は薬王殿の額が掲げられています。こちらに笠森稲荷がお祀りされています。

大円寺の笠森稲荷は、御住職の説明では、元々は瘡守稲荷だったようで、旗本大前氏が河内から勧請したそうです。
薬王殿の前には瘡守薬王菩薩と刻まれた石柱があります。(下写真)

御住職の話では、こちらの笠森稲荷は、吒枳尼天(だきにてん)だそうです。笠森稲荷と呼ばず瘡守薬王菩薩と呼んでいるのは、神仏分離令と廃仏毀釈の影響だそうです。
このように、大正8年当時には、本来の笠森稲荷があった福泉院は廃寺となっていて、大円寺に笠森稲荷がお祀りされていたので、笠森お仙とそれを描いた鈴木春信の碑が、大円寺に建立されたと考えられています。
赤印が大円寺です。

