
読者の皆様もよい年をお迎えのことと思います。
今年も、読者の皆様のご支援をバックに少しづつ江戸を深めていきたいと思います。
江戸検1級に合格した後、江戸の史跡散歩の案内や江戸学講座の講師を勤めさせていただいています。充実した講義にするためには、周到な準備がかかせないと考えて、いろいろ調査してから、本番に臨みますが、その中で、しみじみと感じるのが「江戸は深い」ということです。初めて知ることが次々と出てきます。
まだまだ、調べることが多いと実感していて、今年も、一歩一歩江戸をきわめていこうと思います。
そうした中で、知ったことは、順次、このブログでアップしていこうと思います。
本年も引き続きご愛読いただきますようお願いします。
さて、今年の書きはじめは、松坂のミニレポートです。
今年の7月に文京学院大学の生涯学習センターで「江戸の豪商」についてお話します。その調査のため、「豪商のふるさと 松阪」に12月に行ってきました。
松阪では多くのことを知ることができました。そこで、今日は、松阪について簡単に写真でご紹介します。
松阪については、いくつかの切り口がありますが、今日は、①本居宣長 ②江戸の豪商 ③松阪城 ④松浦武四郎 に分けて紹介します。
1、本居宣長関連
①本居宣長旧宅跡
松阪と言えば、本居宣長がまず挙げられると思います。
本居宣長の旧宅「鈴屋」は松阪城跡にある本居宣長記念館の一画に移築されていますが、その旧宅跡も市街地に残されています。

②本居宣長記念館 松阪城跡にあります。展示されている物は、ほとんどが重要文化財です。
③本居宣長旧宅「鈴屋」 本居宣長記念館の一画に移築されたものです。本居宣長の書斎が「鈴屋」と呼ばれ、後に自宅も「鈴屋」と呼ばれるようになりました。書斎の「鈴屋」の中には入れませんが、外部から眺められるようになっています。
④本居宣長のお墓 本居宣長のお墓は、樹敬寺にありました。、法名「高岳院石上道啓居士」は本居宣長自身が付けたと言われています。
①三井家発祥の地
三井家初代の三井高利の生家跡が三井家発祥の地として整備されています。非公開ですが、三井高利の産湯の井戸などが整備されています。

②松阪商人の館
日本橋にあった小津和紙の当主小津清左衛門の旧宅で、現在は、松阪市が「商人の館」として公開しています。

「丹波屋」を屋号とした松阪屈指の豪商長谷川治郎兵衛家の本宅です。長谷川家は、最近まで日本橋で、マルサン長谷川として、事業を継続していました。 現在は、松阪市が所有しています。旧長谷川邸は、国の重要文化財に指定されています。
①松阪城の石垣
松阪城は蒲生氏郷が築いた城です。蒲生氏郷の後、3代の大名の居城となりましたが、その後は、松阪は紀州藩領となり、松阪城には城代が置かれました。
下写真は本居宣長記念館近くの石垣です。見事な石垣でした。
②松阪城跡の近くにある御城番屋敷
御城番屋敷は、松坂城を警護する「松坂御城番」の与力の組屋敷です。
現在も、与力の子孫の人たちが組織した合資会社が屋敷を所有していて、現在も人々に貸し出しているそうです。
③同心町
紀州藩の同心や鳥見60人余りが住んでいた役宅の跡で、生け垣が整えられています。御城番屋敷とともに、江戸時代の組屋敷がどんなものか想像させてくれる景色です。
①松浦武四郎記念館
「北海道」の名付け親である松浦武四郎は、伊勢国一志郡須川村(現在の松阪市)にう生まれました。そのため、松阪市内に記念館があり、松浦武四郎関連の資料が展示されています。
松浦武四郎記念館から徒歩10分の所に、松浦武四郎の生家が残されています。
家の前の道は、伊勢街道です。松浦家は、元は肥前の水軍の出だそうですが、松浦武四郎の父は庄屋を勤めていたそうです。