樋口一葉旧居跡(鶯谷散歩④)
鶯谷散歩、今日は、樋口一葉旧居跡をご案内します。
樋口一葉旧居跡は鷲神社から北へ4~5分行った場所にあります。東京メトロ三ノ輪駅1a番出口からは5~6分で行きます。
樋口一葉は明治26年(1893)7月20日、母と妹と共に本郷菊坂町より下谷龍泉寺368番地に移り住みました。
引っ越し先は瓦葺平屋の二軒長屋で、隣は人力車夫が住んでいました。そこで、8月6日から荒物雑貨・駄菓子店を開業しました。
一葉は商売のかたわら暇を見つけては、上野の図書館に通ったり、さりげなく吉原見物をしたり、店に来る子供達を観察していました。
その経験を活かして書かれた小説が名作「たけくらべ」です。
しかし、商売の方は振るわず、樋口一葉は店を閉じ、明治27年5月1日に本郷丸山福山町四番地へ転居しました。
転居した後に、龍泉寺界隈を背景にして書かれたのが名作「たけくらべ」で、明治28年1月から『文學界』に連載されました。
「樋口一葉旧居跡」と刻まれた石碑の脇に台東区教育委員会の説明板が建てられています。(下写真)

その説明板によれば、碑が建っている位置は、「一葉宅の左隣り酒屋の跡にて、一葉と同番地の西端に近く碑より東方6メートルが旧居に当る」そうです。
一葉は日記「塵の中」で、「此家は、下谷よりよし原がよひの只一筋の道」と書いていますので、当時は前の道路は吉原に向かうメイン道路で、「茶屋町通り」と呼ばれていました。
下谷方面から、吉原に向かう際には、大門が反対側にあるため、茶屋町通りを通ってお歯黒溝に沿って半周する形になります。
「たけくらべ」の冒頭は「回れば大門の見返り柳いと長けれど」で始まりますが、樋口一葉がいた家からは大門に向かうには、吉原遊郭をグル~と回ることになりますので、こうした表現になったという説があるそうです。
また、一葉はこのあたりを「鶉なく聲もきこえて花すヽき まねく野末の夕べさびしも」と和歌に詠んでいますが、この和歌で当時の竜泉寺町の様子がわかります。
赤印が樋口一葉旧居跡です。
紫印が飛不動です。青印が鷲神社です。

