塙保己一記念館(塙保己一記念館①)
先月、埼玉県本庄市にある塙保己一記念館に行ってきました。(下写真は外観全体です)

塙保己一記念館は、江戸時代中期の国学者「塙保己一」が生まれた本庄市児玉町にあります。 児玉町は、平成の大合併により、本庄市と合併をしましたが、旧児玉町の町役場があった場所に造られた児玉総合支所「アスピアこだま」に、平成27年に移転しリニューアルオープンしました。3年前にできたばかりですので、まだ新しいきれいな建物でした。(下写真は記念館入口)

入館料は無料でしたし、「写真撮影はご自由に」ということでしたので、塙保己一に興味をもっている人にとっては大変うれしい記念館です。
記念館の中は、それほど広くなく、コンパクトな展示ですが、内容豊富なものです。大変工夫されたものだと感じました。下写真が館内の展示の様子です。

また、展示ケースの前には手すりがついています。また、各コーナーには、文書による説明とともに同じ内容の音声によるガイドも設備されていて、弱者に対する配慮が行き届いた施設でした。さすが、盲目の大学者塙保己一の記念館だけのことはあると感じ入りました。
展示は、「第1章保己一とふるさと」から始まります。(下写真)

塙保己一は、延享3年(1746)5月5日、武蔵国児玉郡保木野村(現在、埼玉県本庄市児玉町)に、父荻野宇兵衛、母きよの長男として生まれました。
生まれつき丈夫な方ではなく、7歳の時、肝の病がもとで失明しました。
しかし、江戸に出て修行しようと考え、宝暦10年(1760)、保己一15歳の時に江戸に出ました。
保己一が江戸に出る時、塙保己一の母親は、保己一のため、自分の帯を材料にして巾着を作ってあげたそうで、保己一は、その巾着を一生大事にしていたそうです。その巾着が記念館に展示されていました。(下写真)

また、江戸に出て行く際に荷物を入れて背負っていたという素麺箱(そうめんばこ)も展示されていました。この素麺箱は、林大学頭により「お宝箱」となづけられたものです。


