西新宿を散歩してきました!
昨日は、毎日文化センターの「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」があり、新宿駅から高層ビル群をみながら江戸の面影をさがして西新宿を散歩してきました。
この間、寒い日が続いていましたが、昨日は、春らしい陽気で久しぶりの行楽日和となり、気分よく散歩できました。
ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。
下写真は、新宿駅方向を見ながら、新宿駅の歴史の説明を聞く参加者の皆さんです。

昨日、歩いたコースは次のようなコースです。
新宿駅 ⇒ 策(むち)の井跡 ⇒ 淀橋浄水場趾碑 ⇒ 常圓寺 ⇒ 成子天神社 ⇒ 新宿中央公園(休憩) ⇒ 熊野神社 ⇒ 十二社(じゅうにそう)の池跡 ⇒ 水道道路 ⇒ 韋駄天堂 ⇒ 箒銀杏 ⇒ 玉川上水跡(天神橋跡→勿来橋跡→玉川上水モニュメント→新町駅跡→千駄ヶ谷橋跡→葵橋跡)⇒ 新宿駅
新宿駅西口は、高層ビルが立ち並んでいますので、高層ビル群が生まれた歴史が欠かせませんので、淀橋浄水場が建設された歴史と高層ビル群の歴史を説明しました。下写真は、高層ビル群をながめながら説明を聞く参加者の皆さんです。

高層ビル群のおかげで、新宿駅西口には江戸の面影はなさそうに思いますが、探せば、あちこちにありました。その一つが「策(むち)の井跡」です。
新宿駅西口には、美濃高須藩松平家の下屋敷がありました。
高須藩松平家からは、高須四兄弟といわれる幕末に活躍した4人の人物すなわち徳川慶勝、一橋茂栄、松平容保、松平定敬が生まれた家ですが、四兄弟の父松平義建(よしたつ)は隠居後、下屋敷で悠々自適の生活をしていました。
そんな高須藩下屋敷の名残りをとどめているのが、「策の井」です。下写真左手の植栽の中にモニュメントと説明板があります。

青梅街道に面して日蓮宗の常圓寺(じょうえんじ)があります。
常圓寺には、11代将軍家斉の顔を写したという「感応胎蔵(かんのうはらごもり)の祖師像」が祖師堂に祀られていますし、名奉行の一人筒井政憲の尾お墓があります。下写真は感応胎蔵(かんのうはらごもり)の祖師像」が祀られている祖師堂の前で説明を聞く参加者の皆さんです。

成子天神社は、平安時代、九州の太宰府で菅原道真が亡くなったという報せを東国の地で受けた家臣の佐伯と斎宮は、その死を悲しみ、京から菅原道真の生前に彫られた像を柏木村に持ち帰りお祀りしたという歴史のある古い神社です。
そんな古い歴史を誇る神社ですが、現在の御社殿は平成26年に造営された大変新しいものです。

熊野神社は、江戸時代には、熊野十二所権現または十二社(じゅうにそう)といわれました。
熊野神社は、室町時代、中野長者と呼ばれた鈴木九郎が、故郷である紀州の熊野三山より十二社権現を勧請し祠ったものと伝えられます。
現在の拝殿は昭和9年に明治神宮が改築された時に、古材を譲りうけて建築したものです。
熊野神社の境内には、大田南畝の書のある水鉢やこの近辺の風景を讃えた十二社の碑をはじめ数多くの文化財が存在し、ミニ博物館として拝観できるようになっています。

新宿ワシントンホテルの敷地の一画に韋駄天堂があり、韋駄天がお祀りされています。
もともとは、この韋駄天堂は、上州館林の城主秋元但馬守礼朝の守護神として当初江戸浅草にお祀りされていた韋駄天に由来するものです。
韋駄天は足腰の護る仏様ですので、いつまでも足腰が健康で散歩できるようにとお願いをさせていただきました。

散歩の最後は、玉川上水跡を散歩しました。
その途中の新宿文化クイントビルの前には、かつてここに、玉川上水が流れていたことを示す煉瓦造りのアーチのモニュメントがあります。
明治時代に新宿駅構内を通過していた玉川上水をイメージしながらモニュメントを見てもらいました。

昨日の西新宿散歩も、参加者の皆さんのおかげで、大変楽しい散歩となりました。ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

