「群書類従」(塙保己一記念館②)
塙保己一の優れた業績として有名なものが「群書類従」の編纂です。
「群書類従」は、日本の古代から江戸時代初期にいたるまでの古書を集大成した叢書で、正編530巻665冊、目録1冊を加えて、全体で666冊あり、刊行に40年以上かかったという膨大な叢書です。

塙保己一 が「群書類従」の編纂を決意したのは次のような経緯があるそうです。
安永4年(1775)、塙保己一 は匂当に昇進しましたが、塙保己一 は匂当に昇進できたのは、日頃から天満宮を深く信仰し、昇進祈願をした結果であるが、昇進は自分だけの問題であり、今後は「世のためになることをしたいと考えました。
そこで、「外国には叢書というものがあるが、日本には、そういったものがない。全国各地に散らばっている貴重な書を取り集め、版木をおこして印刷すれば、国学を勉強しようと思っている人の助けになるに違いない」と考え、安永8年(1779)正月、34歳の時、刊行を決意したといいます。
それから、塙保己一は、幕府の紅葉山文庫をはじめ伊勢神宮や増上寺などの寺社の文庫、さらに公家や大名にもお願いして筆写を続けました。
しかし、当時は貴重であればあるほど簡単に見せたり筆写させることはありませんでしたので、塙保己一は大変苦労したようです。
こうした筆写は弟子にやらせるだけでなく、塙保己一自信が、名古屋・京都・伊勢・大阪方面に出かけて調査したこともありました。
また、「群書類従」の出版には、多額のお金が必要となりますが、その資金は、鴻池など各方面から借り入れて準備しました。こうした資金の借用書も、塙保己一記念館に展示されていました。

こうして筆写した本が版木に起されます。
版木は漢文の場合1行20字×20行=400字となっていました。これが現在の原稿用紙のもとになったといわれています。下写真は「群書類従」の版木です。

こうしたなみなみならぬ努力の結果「群書類従」は、文政2年(1819)にできあがりました。塙保己一が74歳の時でした。
「群書類聚」は、665冊、目録1冊をあわせ666冊となりました。収録した本は1277種という膨大な数です。
これらは、神祇、帝王、補任、系譜、伝、官職、律令、公事、装束、文筆、消息、和歌、連歌、物語、日記、紀行、管絃、蹴鞠、鷹、遊戯、飲食、合戦、武家、釈家、雑の25部門に分かれています。
塙保己一記念館には、その「群書類従」の一部が展示されています。それが最上段の写真です。
なお、「群書類従」の版木は、現在も渋谷にある塙保己一史料館に残されていて、現在も印刷可能です。下写真は塙保己一史料館に保存されている「群書類従」の版木です。

「群書類従」の編纂にあたって、「平家物語」や「源氏物語」といった有名は本は当時でもよく残されていたため、散逸しやすい貴重なものを中心に収録するという考えでした。そのため、「群書類従」には多くの貴重な文献が残されているようです。

