太田久助吟製の「金山寺味噌」(醤油発祥の地②)
心地覚心(法燈国師)により宋から伝えられた金山寺味噌の製法は、興国寺だけでなく周辺の人々にも伝わりました。
金山寺味噌は、湯浅にも伝わり、現在でも金山寺味噌の製造メーカーが多くあります。その一つが、太田久助吟製です。太田久助商店といった商号zでなく、「太田久助吟製」全体が商号のようです。(下写真はお店の正面です)

湯浅町には、「重要伝統的建造物群保存地区」があります。
「重要伝統的建造物群保存地区」は、宿場町、城下町、門前町、港町、山村集落など、単体の建造物だけではなく、通りの両側のように連続した空間や、面的な広がりのある町並みや集落全体を保存するため、昭和50年文化財保護法改正によって設けられました。しばしば「伝建地区」あるいは「伝建」と略称でよぶことがあります。
湯浅町の「伝建地区」は、平成18年に文部科学省から選定され、湯浅駅から徒歩15分ほどの場所にあり、伝統を感じさせる家並みが残っています。下写真が伝建地区の家並みです。

太田久助吟製は、その伝建地区にあります。現当主が5代目となる老舗です。(下写真)

金山寺味噌はウリ・ナス・しょうが・しその入ったなめ味噌ですが、店頭に金山寺味噌の保存桶が置いてありました。
奥様がその桶のふたをとってみせてくれましたが、表面に水分が溜まっていました。下写真が保存桶の金山寺味噌です。液が溜まっているのがわかりますか。奥様が、これが醤油の発祥のもととなった液だと説明してくれました。

この液は、カビの発生や腐敗の元にもなるため、捨てるだけでしたが、昔ある時、その汁を利用してみると、これがなかなか美味しいことから、最初から、この液体を製造すれば良い調味料になるとして、工夫して作り出されたのが醤油だそうです。
金山寺味噌からしみ出た液から醤油が作り出されたということが、実物をみてよくわかりました。そして、太田さんのお店で、金山寺味噌を買ってきました。(下写真)

興国寺で買った金山寺味噌より賞味期限が短いので、太田さんのものから食べ始めましたが、まろやかな味で、大変おいしい味でした。
赤印が太田久助吟製です。

