稲むらの火の館(濱口梧陵①)
「稲むらの火」で知られる濱ロ梧陵は、紀州広村で生まれ、広村に津波を防ぐ堤防を築き、その堤防が残されていることは、以前から知っていました。
その濱口梧陵ゆかりの地広村(現在の広川町)が、湯浅町の隣町で、しかも、最寄駅が湯浅駅であることを、和歌山に行く事前準備のなかで知り、これ絶対訪ねてこようと思って、和歌山に行きました。
そこで、今日からは、濱口梧陵ゆかりの地について、紹介していきますが、その最初に「稲むらの火の館(やかた)」を紹介します。
「稲むらの火の館」は湯浅駅から徒歩約15分で行けます。また湯浅駅前でレンタサイクルを借りれば10分あれば楽々到着します。(下写真が記念館の外観全体写真です)

「稲むらの火」で知られる濱口梧陵は、文政3年(1820)紀州広村(現在の広川町)で生まれました。そして、安政の大地震津波時、稲むらを燃やして、その火で多くの村人を救いました。
この話が、「稲むらの火」というタイトルで戦前の国定教科書に取り上げられ、濱口梧陵の功績が広く知られるようになりました。そうしたことから、「稲むらの火」は、濱口梧陵の代名詞ともなっています。
「稲むらの火の館」は、濱口梧陵ゆかりの広村の邸宅を広川町が入手し、平成19年4月に建てられたもので、濱ロ梧陵記念館と津波防災教育センターから構成されています。
濱ロ梧陵記念館のほうは、木造平屋建ての建物で、濱口梧陵の子供の代に建設されたものを改修したものそうです。(下写真は記念館の入り口周辺の写真です)

この記念館には、濱口梧陵の生涯が展示されていて、濱口梧陵の偉大な功績や教訓、人柄を感じられるような展示となっています。
下写真は玄関を入るとすぐに展示されている濱口梧陵の銅像で、渡辺長男が製作したものです。あまり注目されていませんでしたが、渡辺長男は朝倉文夫の実兄で、知る人ぞ知る彫刻家ですので、もっと注目されてもよいのではないかと思いました。

一方、「津波防災教育センター」は、実践的な地震・津波防災を学ぶための施設です。こちらは鉄筋コンクリート造り3階建ての建物です。
館内には、安政津波が襲った時の濱口梧陵の対応や地震津波の恐ろしさとその威力を体感できる3Dシアターや、長さ16mの津波実験水槽があります。 (下写真は3Dシアター入口の写真です。)

濱口梧陵の生涯を知るには、濱口梧陵記念館のほうが良くわかります。しかも、記念館だけであれば、無料で入ることができます。
記念館内には、展示室1から4、土間シアターのほか、交流・談話室や茶室もあります。
展示室1から4は、濱口梧陵の生涯が展示品で理解できるようになっています。土間シアターでは、12分間のビデオで浜口梧陵の生涯がわかるようになっています。(下写真は展示室1方向を写した写真です。)

赤印が「稲むらの火の館」です。

