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両国広小路(新江戸百景めぐり㉛)

両国広小路(新江戸百景めぐり㉛)

 新江戸百景めぐり、今日は、両国広小路についてご案内します。

 「新江戸百景めぐり」(小学館刊)では120ページの第63景で紹介されています。下写真は、江戸東京博物館の両国広小路のジオラマです。

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 明暦3年(1657)に起きた明暦の大火の反省から、幕府はさまざまな防火対策や火事に強い街づくりを実施しました。前回書いたように、両国橋の架橋も、その中の重要な施策でした。

 その一環として、幕府は、市中や重要な橋のたもとには広小路と一般に称せらる火除地(防火地帯)を設けました。

 広小路とは、広い道路のことを言いますが、火除け地としての役割をはたしました。

江戸時代の消防の方法は、火事の延焼を防ぐという考えかたが中心でした。

そのため、実際に火事が発生した場合の消火活動は建物を壊して延焼を防ぐ破戒消防でした。

同じ考えに基づいて、火事が起きた際に道路を広くしておけば容易に延焼しないということから、道路を広くした広小路がつくられました。

 橋は一度焼失すると再建の多くの日数と多額の費用がかかる重要施設でした。そして、橋は、中央から燃えることは少なく、橋の両端からの延焼で燃えることが多かったため、橋のたもとに広小路が設けられました。

 そして、両国橋の東西にも広小路が設けられ、両国広小路と呼ばれました。

火除地としての機能から,広小路には恒久的な建造物は許可されませんでした。

床みせと呼ばれた移動可能な店舗施設が置かれたり、矢来(やらい)や葭簀(よしず)で囲んだ仮設の小屋が設けられました。

この見世物小屋で芝居や講釈などいろいろな興行が行われました。

これらの施設は、高い集客力をもっていました。

さらに、隅田川を越える人々がこの両国橋を利用し、「江戸の盛り場考」(竹内誠著)によれば、その数は2万3千から2万5千に上ったそうです。

そのため、両国広小路は、江戸第一の盛り場として繁栄しました。

その繁栄ぶりは、江戸東京博物館のジオラマによく表現されています。

下写真は、広小路を行きかう大勢の人々です。

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旧跡両国広小路の碑 

 現在は、両国といえば、両国橋の東側(墨田区)を指していますが、江戸時代に西側(現在の中央区東日本橋)のほうが栄えていました。

そのため、中央区側の両国橋の西詰に両国広小路を記念した碑が、設置されています。(下の写真)

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 碑文の前半部を抜き書きすると次のようになっています。

明暦の大火(1657年)は江戸の市街の大半を焼失し10万余の死者を出した。

その際このあたりで逃げ場を失って焼死するものが多数出た。 このため対岸への避難の便を図り両国橋が架けられた。 隅田川は当時武蔵下総両国の境をなしていた。

また延焼防止のため橋に向う沿道一帯を火除け地に指定し空き地とした。

やがてこれが広小路となり 江戸三大広小路の一つとして上野浅草に並び称せられる盛り場に発展した。

 以上のように書いてありました。

両国の川開き 

 人々の集まりやすい両国橋西詰にあった両国広小路は,花火の行われる夏の納涼では特ににぎわいました。

両国の川開きは、享保18年(1733)に始まりました。

前年の享保17年に西日本ではイナゴの大群が発生し凶作となり、多くの餓死者が出ました。さらに疫病も発生し多くの死者がでました。

そこで、幕府は、亡くなった人の慰霊と疫病退散を祈って、隅田川で水神祭を行いました。この時、両国橋畔の料理屋が幕府の許しを得て、川施餓鬼を行い、花火を上げたといいいます。これが後年、年中行事化されて川開きとなりました。

川開きは例年5月28日。この日から8月28日までの3か月間は、隅田川に涼み船をこぎ出すことが許可されました。
 下写真は、納涼船でごったかえす両国橋の下流を描いた江戸東京博物館のジオラマです。

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両国の花火

両国での納涼のかたわら花火を楽しむ風習が生まれたようです。

 江戸で花火業者がいつ起こったかは、はっきりしていないそうですが、有名な鍵屋は万洽2年には、既に両国広小路近くの横山町(現在の中央区)に居住していたと伝えられています。 

花火が墨田川縁で行われるようになったのは、万治2年6月の町触によって「町中にて花火一切仕る間敷侯。但、大川口にては格別の事」と規定され、市中での花火が禁止されたものの隅田川縁では許可されたことが、大きな理由だと考えられています。

花火師で有名なのが横山町の鍵屋弥兵と両国広小路の玉屋市郎兵衛です。玉屋は両国橋の上流を、鍵屋は下流を受け持って、互いにその技を競い合い、「玉屋ぁ~、鍵屋ぁ~」の呼び声が夏の夜空に響きわたりました。

 しかし、天保14年(1843)4月、将軍家慶の日光社参の前夜に当たって、玉屋は不幸にも火災を起こし、吉川町一帯を焼いたため、江戸所払いとなって業を廃し、以後鍵屋のみが存続しました。

その両国の花火を描いたのが、歌川広重の「両国の花火」です。この絵は、現在の台東区側の隅田川上流から両国橋を描いた浮世絵です。

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華屋(花屋)与兵衛

現在の両国は、江戸時代は東両国あるいは向両国と呼ばれました。

 その東両国の「与兵衛鮨(よへいずし)」が、握りずしの初めといわれています。

握りずしの創案者は、華屋(花屋と書くという説もある)与兵衛と言われています。

 華屋(花屋)与兵衛は、霊厳島で生まれ、福井藩出入りの八百屋の倅で、9歳の時に、江戸蔵前の札差に下男奉公に入り、20歳まで勤めます。その後、握り鮨を考案し、文政年間、本所横綱の長屋に住んで、最初は岡持をもって、毎夜、夜明けごろまですしを売り歩き、のちに屋台見世を出して商売を始め、金を貯め、両国回向院前に小さな店を持ったと伝えられています。

 与兵衛寿司は、江戸中の評判となり、

  鯛ひらめ いつも風味は与兵衛鮨 
    買手は見世にまって折詰

  こみあいて 待ちくたびれる与兵衛鮓 
    客ももろてを握りたりけり

 という狂歌ができるほど賑わいました。 

  与兵衛鮨があった場所(墨田区両国1-8)近くに、「与兵衛鮨発祥の地」と書かれた史跡説明板が、建てられています。それによると、「与兵衛鮨」は、昭和5年まで同じ場所で営業していたそうです。

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by wheatbaku | 2019-09-10 13:32 | 新江戸百景めぐり

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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