麟 祥 院(新江戸百景めぐり㊱)
先週土曜日に行われた毎日文化センターの「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩」では、麟祥院も訪ねました。
そこで、今日は麟祥院をご案内します。
麟祥院は、『新江戸百景めぐり』(小学館刊)では94ページの第46景に紹介されています。
麟祥院は、東京メトロ湯島駅3番出口からは徒歩6分、都営地下鉄本郷三丁目駅4番出口からは徒歩5分です。湯島駅からだと登り坂になりますので、本郷三丁目から行くと楽です。
麟祥院は、臨済宗妙心寺派のお寺で、春日局のお墓もあります。下 写真は、山門前で説明を聞く散歩参加者の皆さんです。

麟祥院は、寛永元年(1624)に春日局によって創建されました。
春日局は、幕府の恩恵に報いるために、湯島本郷に寺院を建立しようと思い立ち、将軍家光から湯島本郷の土地を拝領しました。そしてお寺は寛永元年に創建され、名前は「報恩山天沢寺」と名づけられました。下写真は本堂です。

最初、春日局の甥の神龍和尚が住職となりましたが、神龍が病気となったため、寛永7年(1630)に宇都宮の興禅寺の渭川和尚(定光禅師)を住職として迎え、改めて春日局自身の菩提寺としました。
寛永11年(1634)春日局が渭川和尚から法号「麟祥院殿仁淵了義大姉」をおくられたことを喜んだ家光は、春日局の法号をもって寺号とするように命じたため、「天沢山麟祥院」と号するようになったそうです。下写真は、山門を入ると正面に見える庫裏です。

春日局の生涯を簡単に紹介しておきます。
春日局は、名は福といいました。
春日局という名前は、寛永6年(1629)に大御所になっていた秀忠の意向により上洛した際に、御所に参内した際に、朝廷より春日局の号をいただいたものです。
春日局の父は明智光秀の家老であった斎藤利三(としみつ)です。
明智光秀が本能寺の変を起こしたため、父は首を斬られ、お福も苦労します。
成人して、母方の一族稲葉氏の 稲葉重通(しげみち)の養女となり、小早川秀秋の家老であった稲葉正成と結婚します。
慶長9年(1604)家光が生まれ、乳母を捜していたことから、京都所司代板倉勝重の推挙により 乳母となります。
家光は病弱であったり、弟忠長が将軍の後継者になりそう情勢になったりする中、必死に家光を守ります。
忠長との後継者争いの際には、伊勢参りのふりをして、駿府に行き、大御所家康に訴えました。これにより家光は後継者になりました。また家光が疱瘡にかかった際には、薬だちの誓いをしてまで回復を願いました。
こうしたことから、軍家光に対しても強い影響力をもち、お江がなくなったあと、春日局は大奥を統率し、絶大な権勢を振いました。
春日局は寛永20年(1643)9月14日になくなりました。64歳でした。下写真が春日局のお墓です。

春日局は「黄泉(よみ)の国からも天下のご政道(せいどう)を見守れる墓」を作ってほしいという遺言を残しました。その遺言によってこのような形に造られたものだそうです。
下写真は春日局のお墓の前で説明を聞く散歩参加者の皆さんです。

春日局は、稲葉家の出身ですが、春日局の権勢に応じて稲葉家も繁栄します。長男の稲葉正勝は老中となり小田原藩主となり、その子3代正則も老中となっています。そして、中期以降は淀藩を治め、幕末には、16代正邦が老中となっています。
また、3代将軍家光の寵愛を受けた老中堀田正盛は、春日局からみると義理の孫にあたります。
春日局のお墓近くには、稲葉正則の正室のお墓、さらに堀田正盛の子供で大老まで出世した堀田正俊の正室(稲葉正則の娘)のお墓もあります。下写真は、春日局墓域の案内板です。

麟祥院では、境内の周囲の垣根に枳殻(からたち)の木を植えていたので、別名「枳殻寺(からたちでら)」とも呼ばれました。
森鷗外の「雁」の主人公の青年は東大の鉄門近くに下宿していて、毎日、散歩する習慣がありましたが、その青年の散歩ルートとして枳殻寺が登場します。
「雁」が明治13年の話ですから、明治10年頃には、麟祥院の垣根には枳殻の木が植えられていたのでしょうが、現在は、枳殻の木は、植えられていません。
文京区には春日局に関係する地名が多くあります。文京区にある春日という住居表示は、もとは「春日町」といい、さらに昔には「春日殿町」とも呼ばれたことがあるようですが、それは春日局の拝領屋敷があったことに由来する町名です。
また、麟祥院の前の通りを通称春日通りとも言いますが、この通りは、文京区春日や麟祥院前など春日局ゆかりの地を通っています。こうしたことなどから春日通りの名前は春日局にちなんでつけられたようです。
文京区役所から西に約100メートル行った春日通り沿いの礫川(れきせん)公園に、春日局の銅像があります。(下写真)この銅像は、この秋に麟祥院前に移設される予定だそうです。
〔9月26日追記〕文京区役所に確認したところ、礫川(れきせん)公園にある銅像は、すでに撤去されていて、9月28日に、麟祥院の山門前に設置されるとのことです。また10月14日の春日忌にあわせて除幕式が行われる予定だそうです。

赤印が麟祥院です。
青印が春日局の銅像がある場所です。(2019年9月現在)

