目白・神田川散歩(「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩」)
昨日は、毎日文化センターの「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩」で、目白から神田川沿いを散歩してきました。
絶好の行楽日和で、快晴のもと楽しく散歩してきました。
今回のコースは目白駅から江戸川橋駅までの次のようなコースです。
目白駅 ⇒ 千登世橋 ⇒ 宿坂 ⇒ 金乗院(目白不動尊)⇒ 南蔵院 ⇒ 山吹の里 ⇒ 甘泉苑(休憩) ⇒ 肥後細川庭園 ⇒ 水神社 ⇒ 芭蕉庵 ⇒ 椿山荘 ⇒ 大洗堰跡 ⇒ 江戸川橋駅
ご参加いただいた皆さん、お蔭様で楽しい散歩となりました。ありがとうございました。
今日は、目白・神田川散歩での主な案内箇所をご紹介しておきます。
目白不動尊(金乗院)
目白不動尊は、現在は金乗院の境内に鎮座しています。
もともと、目白不動尊は、現在の場所から東に1Kほど離れた東豊山新長谷寺に鎮座していましたが、昭和20年の空襲で新長谷寺が焼失したため、金乗院と一緒になったものです。
金乗院の山門の脇に不動堂が建てられて、そこに鎮座しています。
奥のコンクリートの台の上が不動堂です。

丸橋忠弥の墓(金乗院)
由井正雪とともにいわゆる「慶安事件」を起こした丸橋忠弥は、鈴ヶ森で処刑された後、一族が密かに遺骸を貰い受け、紀州に埋葬しますが、一族の後裔である秦武郷(はたたけのり)が金乗院に移し墓碑を建てました。
忠弥の本姓は長曽我部秦氏でしたので、忠弥のお墓の裏側をよく見ると、墓の裏面には「長曾我部秦盛澄」と刻まれています。
下写真は忠弥のお墓の前で説明を聞く参加者の皆さん

甘 泉 園
甘泉園は、江戸時代は徳川御三卿のうちの清水家の下屋敷で、南側にある水稲荷神社境内や公務員アパートをふくむ広いものでした。
甘泉園という名は、庭園の中央に湧き水があり、その清水がお茶に合うところに由来しています。
庭園では、結婚式を挙げるカップルが前撮りをしたりする姿が見えることもあり、絶好のビューポイントです。

肥後細川庭園
肥後細川庭園は、以前は新江戸川公園と言っていた公園で、平成29年3月から肥後細川庭園に名称を変更しました。
ここは幕末に肥後熊本藩細川家の下屋敷となりました。
庭園入口にある建物は松聲閣と呼ばれ、大正時代の建物です。もと細川家の学問所だった建物で、一時期は細川家の住まいでした。
下写真は松聲閣前で説明を聞く参加者の皆さん

庭園の中央に大きな池がある池泉回遊式庭園です。目白台台地が神田川に落ち込む斜面地の起伏を活かし、湧水から流れ出した細流が池に流れ込んでいて、変化に富んだ景観をつくり出しています。
下写真は庭園内の土橋近くで説明を聞く皆さん

芭蕉庵
松尾芭蕉は、延宝5年(1677)年から3年間、昔仕えていた藤堂家が神田上水の改修工事にたずさわり、関口に住んだといわれています。後にそこに芭蕉庵が造られました。庭園内には池があり、芭蕉の真筆を模刻した芭蕉句碑「古池や蛙とびこむ水の音」などがあります。下写真は、その門前で説明を聞く参加者の皆さん
神田上水は、井の頭池を水源として、途中で善福寺川と妙正寺川の水を加えて、関口の大洗堰かから取水し江戸市中に水を供給していました。
江戸川公園に大洗堰跡の説明板が建っていますが、神田川は改修されて、すっかり面影はなくなっています。



