藤堂家上屋敷跡と伊藤伊兵衛(秋葉原散歩②)
前回藤堂家上屋敷跡の話を書きましたが、現在は藤堂家上屋敷跡を感じさせるものはほとんどありません。
そうした中で、藤堂家上屋敷跡の一部に建っているYKKAPの本社ビルの一画に「藤堂和泉守上屋敷を彩った樹々」と書かれた説明板があります。下写真の手前が説明板です。

説明板には、藤堂家の植木職を代々勤めた伊藤伊兵衛に縁のある樹木を植えたと書かれています。
その説明の通り、本社ビルの歩道脇には、上写真の通りいろいろな品種の樹々が全長約60メートルのコーナーに植えられています。
普通の生活では見かけることのないムラサキシキブなどが植えられていて、さながら小規模な植物見本園のような状態です。(下写真はムラサキシキブの実です。)

また、「クロモジ」「シロモジ」といった植物もあります。「クロモジ」は楊枝として利用される木であることを知っていましたが、その仲間の「シロモジ」という木もあることは、初めて知りました。(下写真)

これらすべてが、伊藤伊兵衛に縁のある植物であるかどうか確認できませんでしたが、大変興味深い植物が多く植えられています。植物が好きな人には興味深いコーナーだと思います。
そして、伊藤伊兵衛に関係する植木ももちろん植えられています。
伊藤伊兵衛は、豊島郡染井村の植木職でした。伊藤伊兵衛は代々襲名された名前であり、その三代目が伊藤伊兵衛三之丞、四代目が伊藤伊兵衛政武と考えられています。
藤堂家が染井に下屋敷を与えられたのは明暦4 年 (1658) のことです。明暦の大火後の大名屋敷の移動によるものと考えられています。
藤堂家の下屋敷が染井にあったことから、伊藤伊兵衛が藤堂家に出入りするようになり、三代目の伊藤伊兵衛三之丞は、藤堂家下屋敷の庭掃除などをする「露除(つゆよけ)」、つまり下男のような存在でした。そして、下屋敷で不要になった霧島つつじなど、多くの花木を自らの庭に移植し、多くの花や樹木を栽培し、特に霧島つづじが得意で、三之丞は、自らを「きり嶋屋伊兵衛」と称しました。YKKAPの本社ビルにも霧島つつじが植えられていました。(下写真)

三代目三之丞は、わが国で最初の総合的な園芸書「花壇地錦抄( かだんじきんしょう)」を出版したことでも有名です。
また伊藤伊兵衛正武も、父の『花壇地錦抄』をより完成したものにするため、『増補地錦抄』『広益地錦抄』『地錦抄附録』を刊行しました。 下写真は、豊島区郷土資料館に展示されている「地錦抄シリーズつまり上記3種類の地錦抄の続編」です。

正武の代には、伊藤伊兵衛の庭には、8代将軍吉宗や将軍世嗣(のちの9代将軍)の徳川家重が御成りになったことや、江戸城にも出入りしたことが記録に残っています。
伊藤伊兵衛正武が、力を入れたのが、楓です。自ら晩年に「楓葉軒(ふうようけん)」と名乗りました。
正武は、『歌僊楓集』『新歌僊楓集』『追加楓集』を著し、100種類の楓を選び出し品種名をつけました。
さらに、「三夕楓(さんせきかえで)之図」という楓の図譜も著しています。
三夕楓というのは、新古今和歌集に載っている三夕(さんせき)の和歌にちなんで名づけられた三種類の楓の品種を言います。
三夕の和歌というのは、新古今和歌集の中の結びの句が「秋の夕暮」となっている優れた三首の和歌をいいます。
それは次の三首です。
西行法師の
「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」
藤原定家の
「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」
寂蓮法師の
「さびしさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮」
伊藤伊兵衛正武は、この三夕の和歌にちなんで「鴫立沢(しぎたつさわ)」「浦苫屋(うらのとまや)」「槙立山(まきたつやま)」と名付けました。
これらの三夕の楓のうち、「鴫立沢」だけが現存しています。その貴重な「鴫立沢」の楓が、AKKAP本社脇に植えられていました。(下写真)
もう紅葉も過ぎて、落ち葉に近い風情ですが、来年は、新緑の頃、紅葉の頃に訪ねてみたいと思いました。

【12月26日追記】
新編武蔵風土記稿巻之18の豊島郡上駒込村の中で「芸家伊兵衛」として、伊藤伊兵衛について詳しく書かれています。
まず、享保12年3月21日8代将軍吉宗が御成りになり、その際に霧島つつじなどが御用として買い上げられています。そして、4月25日に、江戸城内の台所口に呼び出され、小納戸役の松下専助から舶来の樹を見せられ、伊兵衛が見たことがないが「深山楓」に似ていると答えたところ、それを持ってくるように命じられました。 後日、植木盆に植えた深山楓を献上すると、その年の秋に、深山楓に接ぎ木した舶来の楓を下賜され、珍しい樹だから繁殖して広めるように命じられたと書かれています。
これが、現在「唐楓(トウカエデ)」と呼ばれている楓で、命名したのも伊藤伊兵衛正武だそうです。
浜離宮恩賜公園には、大きな唐楓(トウカエデ)があります。下写真は以前撮影したものです。

浜離宮恩賜公園の説明では、この唐楓(トウカエデ)は、吉宗に清国の船が6株を献上し、1株は小石川御薬園(現・小石川植物園)に、5株は浜離宮に植えられたと伝えられているそうです。近くで葉の形をみると、まさにカエデです。(下写真)

赤印がAKKAP本社脇にある説明板の設置場所です。

