日本橋七福神めぐり(~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 神田駅編)
昨日は、毎日文化センターの~「山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」で、神田駅からスタートして、日本橋七福神めぐりをしてきました。
昨日は晴天に恵まれましたが、風が強くて、寒さが厳しかったので、七福神めぐりの後のお酒が一段とおいしかったです。
ご参加いただいた皆様、寒い中おつきあいいただきありがとうございました。
昨日のコースは次の通りです。
神田駅 ⇒ 今川橋 ⇒ 時の鐘跡 ⇒ 長崎屋跡 ⇒ 於竹大日如来井戸跡 ⇒ 宝田恵比寿神社 ⇒ 椙森神社 ⇒ 元吉原跡 ⇒ 富沢稲荷神社 ⇒ 笠間稲荷神社 ⇒ 末廣神社 ⇒ 〈甘酒横丁〉 ⇒ 松島神社 ⇒ 水天宮 ⇒ 茶の木神社 ⇒ 牡蠣殻銀座跡 ⇒ 西郷隆盛邸跡 ⇒ 小網神社 ⇒人形町駅
昨日の散歩は、元吉原がどの辺りにあったのかも詳しく説明しましたが、日本橋七福神めぐりがメインでしたので、その写真を中心にご案内します。
〈椙森神社〉
椙森神社は、平将門が朝廷に反乱を起こした天慶の乱の時に藤原秀郷が戦勝を祈願した所とも言われます。また太田道灌が雨乞い祈願のため、伏見稲荷神社の神様を勧請して信仰したとも伝えられています。
江戸時代には、神田にある柳森神社、新橋にある鳥森神社とともに江戸城下の三森の一つに数えられ、椙森稲荷として庶民の信仰を集めました。
椙森神社にお祀りされている七福神は恵比寿様です。
七福神巡りの札所の多くでは、お正月の7日までは、七福神を開帳しているのですが、椙森神社では、恵比寿様は、10月19日20日の恵比寿祭りの時にだけ開帳されるそうで、お正月も開帳しないそうです。

〈笠間稲荷神社〉
江戸時代、人形町に笠間藩牧野家(藩祖は牧野成貞)の下屋敷がありました。
そして幕末の安政6年(1859)に、笠間藩8代藩主牧野貞直が常陸の笠間稲荷神社より分霊を受けて建てられたのがこの笠間稲荷神社です。
笠間稲荷神社は別名紋三郎稲荷と言われます。
それを題材にした落語に「紋三郎稲荷」というお話があります。この落語の冒頭に、ここの笠間稲荷神社が紹介されています。
笠間稲荷神社には、七福神のうちの寿老人が祀られています。

〈末廣神社〉
江戸幕府が開かれる直前の慶長元年(1596)に既にお稲荷様が鎮座していたそうです。
末廣の名は、延宝3年(1675)に 社殿を修復した際、本殿から末廣の扇が出たことに因むそうです。
この末廣神社は、ここに吉原があるころは、その氏神様として、大変信仰されました。吉原が移転した後は、幕府に仕える役人が多く住むようになり、その武家から篤く信仰されたといいます。
末廣神社にお祀りされている七福神は毘沙門天です。

〈松島神社〉
松島神社の由緒は、鎌倉時代末期の元亨年間以前の創建と伝えられているそうです。
当時、この辺りは入り江の小島であり、下総からここに移住してきた柴田家が自分のお屋敷の中に祀ったとされています。島内に松が生い茂っていたことから松島稲荷大明神と呼ばれたといいます。
松島神社でお祀りされている七福神は、大国様です。
大黒様は、一般的には大黒と書くことが多いのですが、松島神社では、大国と書いています。それは、出雲の神様の大国主神(おおくにぬしのかみ)をお祀りしているからです。

〈水天宮〉
水天宮は、安産の神様としても有名な神社ですので、参拝客が大勢いました。
水天宮の総本宮は九州の久留米にあります。
江戸の水天宮は、久留米藩第9代藩主有馬頼徳(ありまよりのり)が、久留米から分霊を勧請して、文政元年(1818)、現在の港区にあった久留米藩の上屋
その後、明治維新を迎えて、水天宮は明治4年に青山の中屋敷に移り、さらに翌年、日本橋蛎殻町の下屋敷すなわち現在の場所に移転しました。
水天宮にお祀りされている七福神は宝生弁財天です。 久留米藩9代藩主有馬頼徳(よりのり)が加賀藩11代藩主前田成広(なりなが)と宝生流能楽を競われた際に、弁才天に願掛けして、勝利をおさめたことから宝生弁才天と呼ばれています。 弁財天は、琵琶を抱く色白の美女の姿で表されることが一般的になりました。
下写真の正面が水天宮で左の御社が宝生弁財天の社殿です。
最近改築したので、両方の社殿とも非常にきれいです。

〈茶ノ木神社〉
茶ノ木神社は地元ではお茶ノ木様と呼ばれて親しまれています。
お祀りしてあるのはお稲荷様です。
江戸時代、この土地は、約3000坪もある下総佐倉藩堀田家の中屋敷でした。茶ノ木神社は、その守護神として祀られたものです。
神社のまわりに丸く刈り込まれた茶の木が植えられていて、それが大変素晴らしかったので茶ノ木神社と呼ばれようになったそうです。
数年前までは、茶ノ木神社は町家の中の目立たない神社でしたが、再開発ビルのリガーレ日本橋人形町が建設されるに伴って平成19年に建て替えられ、様変わりしました。
茶ノ木神社にお祀りされている七福神は布袋様です。

〈小網神社〉
日本橋七福神の中で、参拝客が多かったのが水天宮と小網神社でした。
参拝する人の列が長く続いていました。
小網神社は、室町時代中期京都で応仁の乱がおころうとしている頃の文正元年(1466)に創建された神社です。創建以来550年がたつ神社です。
もともとは、稲荷神社が起源で、「小網稲荷神社」といっていたそうです。
明治の初めに現在の「小網神社」と名前をかえました。
小網神社では、七福神は、福禄寿と弁財天が祀られています。
弁財天は、この境内にあった万福寿寺というお寺に安置されていたものだそうです。
明治2年に、そのお寺が廃止されたため、小網神社にお祀りされるようになったものです。それにちなんで、万福舟乗弁財天といいます。別名東京銭洗い弁天と呼ばれています。

七福神めぐりでは、次のような地図を配布してくれました。


