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小石川後楽園①(新江戸百景めぐり57-1)

小石川後楽園①(新江戸百景めぐり57-1

 昨年の秋に、神田上水のなごりの地を探して小石川後楽園に行き、神田上水の跡をこのブログでも紹介しました。

 小石川後楽園は、『新江戸百景めぐり』(小学館刊)でも84ページの第36景で出紹介されていますので、新江戸百景めぐりの一つとしてご案内します。

 

小石川後楽園の概要

小石川後楽園は、水戸藩徳川家の初代藩主の徳川頼房が、寛永6年(1629)に作り、2代藩主の徳川光圀が完成させた江戸期の代表的な大名庭園です。

 関東では、後楽園とは、この小石川後楽園を指しますが、岡山にも後楽園があることから、正しくは小石川後楽園と呼びます。

 もともと後楽園といっていたのは、ここの後楽園で、岡山の後楽園は、明治4年までは「御後園」と呼ばれていて、後楽園と呼ばれていなかったそうです。しかし、岡山の後楽園が、大正11年に、国の名勝に指定された時に「後楽園」とされました。小石川後楽園が名勝に指定されたのは大正12年でしたので、後楽園という名称を使えなかったため「小石川後楽園」と称したという経緯があります。

 後楽園という名前ですが、四文字熟語に「先憂後楽」という言葉ありますが、この「先憂後楽」から採られた名前です。

 「先憂後楽」というのは《范仲淹「岳陽楼記」の「天下の憂えに先んじて憂え、天下の楽しみに後(おく)れて楽しむ」に由来する言葉で、政治を行う者は、常に民衆に先立って国のことを心配し、民衆が楽しんだ後に自分が楽しむという国家に対する心がけを述べた言葉です。

 小石川後楽園は、池泉回遊式庭園で広さが約2万1千坪(70,847.17平方メートル)ですが、いくつかの特徴がありますが、「名所写し」と「中国趣味」も特徴の一つです。

名所写しというのは、日本各地の名所を取り入れていることです。

小石川後楽園には、滋賀の琵琶湖、京都の大堰川、渡月橋、清水寺、音羽の滝、木曾の寝覚めの床などが取りいれられています。

と中国様式の取り入れが行われていることです。

 また、2代光圀は朱舜水の意見を聞いて、中国の要素を取り入れられています。西湖(せいこ)の堤や円月橋がそれです。

 小石川後楽園は、見所がたくさんありますが、今日は、この名所写しの景色をご案内します。次回、『中国趣味』の景色をご案内します。


小廬山 
 庭園の入口の左手に「小廬山」があります。 

京都の清水寺一帯は、中国の名勝地「廬山」にちなみ小廬山と言われています。
 園内にある大堰川上流の景色が、京都の清水寺に似ていることから、寛永17年に林羅山が「小廬山」と名づけました。現在は、オカメザサに覆われている丘が小廬山と呼ばれています。

小石川後楽園①(新江戸百景めぐり57-1)_c0187004_15210725.jpg

渡月橋 
 渡月橋は園内の川の景の入口にあたる部分にあります。
 京都と同じように大堰川にかかっています。
 この写真の右手が大堰川で、左手前方には西湖があります。

小石川後楽園①(新江戸百景めぐり57-1)_c0187004_15210845.jpg

大堰川 
 大堰川の川幅はかなりあり、川の景の中心を占めています。
 京都の嵐山を模したものです。
 大堰川は、3代将軍家光の好みでつくられたとされています。家光自身が指揮をとったとも言われています。
 大堰川の上流は通天橋につながり、下流には渡月橋がかかっています。
小石川後楽園①(新江戸百景めぐり57-1)_c0187004_15210758.jpg

屏風岩 
 屏風のようにまっすぐ屹立していることから屏風岩と呼ばれている岩で、大堰川の川原に作られています。

この石組は、三尊石組といわれる工法で組まれたものです。

三尊石組とは、阿弥陀三尊や釈迦三尊を石組で表したもので、中央の大きな石が阿弥陀様やお釈迦様を表し、両脇の石が脇侍を表しています。

3代将軍家光は頼房とは年齢も近いこともあり、後楽園作庭中から何度も水戸家を訪ねて、徳大寺左兵衛に指示もしていたそうです。その際に、腰を掛けたといわれる御腰掛石も残されています。

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清水観音堂跡 
 京都の清水寺を模して造ったもので、崖下から柱を組み上げせり出していてすばらしい見晴らしだったと言われています。
 堂内には、室町時代の作と言われる如意輪観音が安置されていましたが、関東大震災により観音堂が焼失する直前に持ち出されて、現在東京都が管理しています。

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通天橋 
 清水観音堂跡を過ぎた場所で大堰川の上流部に架けられた橋が通天橋です。

京都の東福寺の「通天橋」は、紅葉の名所として有名ですが、この通天橋は、その京都の東福寺の「通天橋」にならって、大堰川に朱塗りの橋をかけたものです。
 紅葉の時は大変見事です。

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音羽の滝 
 通天橋のすぐ下にある石組みが音羽の滝です。

これも清水寺の音羽の滝を模したものです。

写真右手に「音羽の滝」の説明板です。

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愛宕山 
 小石川後楽園には愛宕山の写しもあります。山といっても石段です。 
 その石段は、京都の愛宕山の坂を模してつくられた石段ですので愛宕山と名づけられています。石段は47段もの石段となっていて、あまりにも勾配が急で昇り降りが危険ですので、通行できないようになっています。
 石段の上に八卦堂跡があります。

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一つ松 
 後楽園の中央に広がった大きな泉水は琵琶湖に見立てられています。

一つ松も近江の唐崎の一つ松を模したものと言われています。光圀はこの松を非常に大切にしたそうですが、この松はその時代のものではなく、何度か植え替えられた後の松です。

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蓬莱島 
 琵琶湖に見立てられた大泉水の中央にある島は蓬莱島と呼ばれています。
 蓬莱島は中国に古くからあった神仙思想に基づく島で、大名庭園には必ずといっていいほど出てきます。
 蓬莱島は亀の形をしているといわれていて、後楽園の蓬莱島も亀の形をしています。
 徳大寺石は、亀の頭の位置に据えられています。

小石川後楽園①(新江戸百景めぐり57-1)_c0187004_15245088.jpg

徳大寺石 
 蓬莱島の正面にある大きな石が、徳大寺石と呼ばれる有名な石です。
 水面上の高さが約3.5mあるそうです。
 頼房が満足する石組みにならなかったので、京都から徳大寺左兵衛を呼んで組ませたので、徳大寺石という名がついたと言われます。

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竹生島 
 大泉水は、琵琶湖を模したと言われていますので、大泉水の奥には竹生島の名所写しがあります。写真に写っている岩の数個の塊が竹生島と呼ばれています。
 小さな岩が大泉水の中に置かれていますので、注意していないと、気がつかずに見落とされてしまうかもしれません。

小石川後楽園①(新江戸百景めぐり57-1)_c0187004_15233187.jpg

寝覚の滝
 大泉水の南側奥の樹林の中に瀧があります。それが寝覚の滝です。

 木曾に目覚の床という名勝地がありますが、それを写した風景です。

 寝覚の滝を流れ落ちる水は内庭の泉水の水が流れでたものです。

小石川後楽園①(新江戸百景めぐり57-1)_c0187004_15233186.jpg

木曾山

寝覚めの滝を流れ落ちた川は木曽川とされています。

そして、木曽川に見立てられて川の周辺の林が木曽山です。

当初は棕櫚の木が多かったので棕櫚の林と呼ばれていたようです。

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竜田川

大泉水の南側に、細流が流れています。これが竜田川です。

大和の竜田川を写したものです。竜田川は紅葉の名所として有名です。そこで竜田川の脇には、楓の木が植えられています。下写真の右手が竜田川、左手が楓の林です。

小石川後楽園①(新江戸百景めぐり57-1)_c0187004_15245031.jpg

下写真が小石川後楽園全体の地図です。小石川後楽園で配布してくれます。


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by wheatbaku | 2020-01-16 15:19 | 新江戸百景めぐり

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