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神奈川・保土ヶ谷・戸塚(広重『東海道五十三次』2)

神奈川・保土ヶ谷・戸塚(東海道五十三次2

 広重『東海道五十三次』の2回目は、神奈川・保土ヶ谷・戸塚について書いていきます。

4、神奈川(台之景)

 神奈川宿の西半分は「台」と呼ばれました。そこは、坂を上った高台となっていたそうです。そのため「台」という地名が付けられたのでしょう。

副題の「台の景」とは、神奈川の台の景色を描いたという意味を表していると思います。

広重は画面右手の東海道を険しい坂道として描かいていて、台がまさに高台であるということがわかるように書いてあります

また、「台」は、高台のすぐそばまで海岸が迫っていたために、絶好の眺望が見られました。

その海の眺めを楽しむために、坂に沿って茶屋が立ち並んでいました。

茶屋の前では、茶屋の女が道行く男たちの袖を引いています。彼らの手前には、巡礼の親子や厨子を背負って諸国を遍歴する六部が、坂を上る姿も描かれています

画面中央から左手には、広々とした海が描かれていて、一番手前の船は帆がたたまれていますが、その左には遠く水平線に向かって帆を張った船が少しずつ小さくなるように描かれていて遠近感が感じられます。

一番遠くの半島状に見える陸地は本牧、その手前に見える二つの断崖は野毛であると考えられているようです。(「読売新聞の額絵シリーズ」の解説による)

神奈川・保土ヶ谷・戸塚(広重『東海道五十三次』2)_c0187004_09362853.jpg
「国立国会図書館ウエッブサイトから転載」


 絵の右側の坂に立ち並ぶ茶店の看板が5つ描かれています。下画像は、その部分の拡大ですが、ちょうど真ん中の看板は「さくらや」と書かれています。この「さくらや」は文久3年(1863)に「田中屋」初代晝間弥平衛により買い取られ家号を「田中家」と改めました。この「田中屋」には、坂本龍馬の妻の「おりょう」が、龍馬が暗殺された後、住み込みの中居として働いていたことがあるといいます。「田中屋」は現在も老舗料亭として営業を続けています。

神奈川・保土ヶ谷・戸塚(広重『東海道五十三次』2)_c0187004_09305424.jpg

5、保土ヶ谷(新町橋)

当時の宿場町は、 現在の保土ヶ谷駅西口を出るとすぐのところにありました。

副題の「新町橋」とは、保土ヶ谷の東を流れていた帷子(かたびら)川に架かる橋で宿場の入口にあたり、帷子(かたびら)橋とも呼ばれました。

絵の右手手前に描かれた橋が新町橋で、あその下を流れるのが帷子川です。

新町橋の奥に続く家並が保土ヶ谷の宿場の家並みです。

橋の架かる向きと宿場の家並みの向きとが鋭角的に曲がっていて、家並の急勾配の屋根が隙間なく連なっていて、奥行き感のある絵となっています。

新町橋を渡るのは駕籠に乗った武家の一行と虚無僧で、対岸には橋にさしかかった笠をかぶった一団が描かれ、その左の橋のたもとには2人の女性が描からていて、その後ろに「二八」の看板のあることから、このお店はおそらく蕎麦屋と思われます。

その左手には、宿場の裏手にあたる田畑が広がっていて、よく見ると農夫と子供らしき人影も描かれています。

保土ヶ谷を出るとまもなく権太坂があります。権太坂は急な坂で、江戸時代は東海道の難所の一つだったそうですが、現在も箱根駅伝で有名です。 

この坂の名前は、坂の名前を聞かれた耳の遠い老人が自分の名前を聞かれたと思い「権太」といったことから権太坂と呼ばれるようになったという説もあります。

権太坂を上りきった辺りが武蔵国と相模国の境でした。
従って、保土ヶ谷宿は武蔵国で、戸塚宿は相模国です。

神奈川・保土ヶ谷・戸塚(広重『東海道五十三次』2)_c0187004_13564706.jpg
「国立国会図書館ウエッブサイトから転載」

6、戸塚(元町別道)

戸塚宿は、日本橋から1018丁(約41.2キロ)あります。江戸を早朝に旅立った旅人の多くが戸塚に宿泊しました。「東海道中膝栗毛」でも弥次さん喜多さんが最初に泊まったのが戸塚宿でした。

江戸時代の旅人は、健脚でなくても一日40キロぐらいは歩いたんですね。

この絵の右手に描かれている橋は、戸塚宿の東を流れる柏尾川に架かる吉田橋(現在の吉田大橋)です。

広重はこの橋の東のたもとから西の方角を描いています。吉田橋の奥が宿場の家並で、その左に山など遠景が広がっています。

吉田橋の上の菅笠を手にしている老人はこれから江戸に向かう旅人でしょうか。

橋のたもとに道標と石燈籠があり、道標には「左りかまくら道」と書かれています。

ここから道を左()に行くと鎌倉の鶴岡八幡宮に出ます。

副題に記されている「元町別道」が何かハッキリしませんが、この鎌倉(街)道のことかもしれません。

道標の前の女性は、菅笠を取ろうとしているので、画面左の「こめや」で一休みまたは宿泊の客でしょう。

「こめや」の前では、店の女が馬から床几台に降りようとしている旅人を迎えています。馬から降りる男が「えぃ!」と飛び降りるように描かれているのがおもしろいですね。

神奈川・保土ヶ谷・戸塚(広重『東海道五十三次』2)_c0187004_13564745.jpg
「国立国会図書館ウエッブサイトから転載」

店の軒下に「大山講中」「百味講」「太々講」などの講札が数多く描かれていますが、これは「講」と呼ばれる神仏にお参りする人々が組織した団体が利用する定宿あるいは特約の茶店であることを示したものです。

「大山講中」は相模国大山の石尊大権現(阿夫利神社) へ参詣する講、「百味講」は江の島弁天詣で、「太々講」は伊勢詣での講のことです。

神奈川・保土ヶ谷・戸塚(広重『東海道五十三次』2)_c0187004_13564701.jpg
「国立国会図書館ウエッブサイトから転載」

以上




by wheatbaku | 2020-05-07 13:50 | 広重『東海道五十三次』

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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