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二川・吉田(広重『東海道五十三次』17)

二川・吉田(広重『東海道五十三次』17

 今日は、広重『東海道五十三次』の二川と吉田について解説します。

ニ川(猿ケ馬場)

 二川宿は、現在は、愛知県豊橋市二川町にあり、江戸時代は、三河国で最も東にある宿場でした。

しかし、この絵の副題は「猿ケ馬場」となっています。「猿ケ馬場」は、遠江国と三河国の国境をとなっている境川よりもさらに東にあり、白須賀宿の近くにありました。現在は、静岡県湖西市となっています。

つまり、広重は、三河国にある二川宿を描くのに、遠江国を描いていることになります。

広重は、猿ケ馬場を、画面中央にゆったりとした曲線を2本引いて小松の生い茂る小高い丘として表現しています。そして、手前には、盲目の女性旅芸人である瞽女(ごぜ)が 3人寄り添うように歩るいています。

彼女たちの杖をついたどこか頼りなげな姿と 鄙(ひな)びた小松の丘が、そこはかとなく寂しさを感じさせる絵となっています。

二川・吉田(広重『東海道五十三次』17)_c0187004_17452339.jpg

猿ケ馬場の名物は、柏餅でした。

猿ケ馬場のある茶屋で、餡を餅ではさみ柏の葉で包んだ「柏餅」を売っていました。

太閤秀吉が小田原攻めに向かう途中、この茶屋で休憩した際、茶屋の亭主が柏餅を献上しました。 豊臣秀吉が「これは何という菓子か」と訪ねたところ、亭主は「柏餅です」と答えました。秀吉は、これを「かちわもち」と聞き間違え、「これから戦いに行くのに「勝和餅」とは縁起がいい」と喜び、褒美を取らせたという逸話が残っているそうです。そうしたエピソードもあり、猿ケ馬場の柏餅は東海道の名物に数えられ、「東海道名所図会」にも紹介されていますし、「東海道中膝栗毛」でも猿ケ馬場の名物として取り上げられています。ただし、弥次さん・喜多さんは茶店で休憩していますが、柏餅は食べませんでした。

この絵でも、左手の茶店の軒先に「名物かしわ餅」と書かれた看板が下げられていて、一人の旅人がそれを買っています。(下拡大画像参照)

二川・吉田(広重『東海道五十三次』17)_c0187004_17452321.jpg

広重が、この柏餅を描くために、あえて二川宿より白須賀宿に近くても、猿ケ馬場を二川の絵として描いたのではないでしょうか。

広重の保栄堂版以外の東海道五十三次シリーズのうち「行書東海道」「隷書東海道」でも猿ケ馬場を描いています。


吉田(豊川橋)

 吉田宿は、現在の愛知県豊橋市にありました。画面右手前に大きく城の櫓が描かれていますが、この城が吉田城で、吉田宿は吉田城の城下町でもありました。吉田藩藩主は、享保4年に松平信復が入封して以来、伊豆守信綱の子孫である松平伊豆守系大河内松平家が藩主となり明治維新を迎えました。保永堂版がつくられた当時の吉田城の城主は、のちに老中も勤めた松平伊豆守信順(のぶより)でした。

この絵の中央を占めているのは、東三河の北部に水源を持ち三河湾に注ぐ豊川です。豊川は三河内陸の舟運をささえる重要河川で、吉田の町は湊町としても栄えていました。

副題の「豊川橋」は、この豊川に架かる橋で、絵の左手に描かれています。吉田大橋とも呼ばれました。

橋の長さは120( 216)、岡崎の矢作橋、大津の瀬田の唐橋と並んで東海道の三大橋のひとつに数えられていました。

この絵で川面を旅人たちを乗せた船が通っていますが、吉田湊から出た船は遠く伊勢にまでお伊勢参りの旅人たちを運んでいました。陸路を行くよりも三日も早く着くと評判で大勢の乗客で混雑したといわれています。

【6月30日追記】現在の吉田大橋
 現在も豊川に架かる橋として吉田大橋があります。しかし、現在の吉田大橋は、この絵の左に描かれている場所より上流(吉田城に近い場所)に架けられています。
 この絵の場所(つまり旧東海道が豊川を渡る地点)には、現在も橋が架けられていますが、橋の名前が「豊橋(とよはし、もしくは、とよばし)」と変更されています。
 さらに、この絵の副題となっている「豊川橋」もあります。現在の豊川橋は、豊川が三河湾に流れ込む地点に架けられています。

二川・吉田(広重『東海道五十三次』17)_c0187004_17452333.jpg

広重は、 手前に足場を組んで修復の真っ最中の吉田城を描き、中景に大きく豊川と吉田大橋を描いて、遠景に吉田宿の家並を描いています。
 手前の修復中の足場の上から職人が手をかざして吉田大橋を眺めています。この職人の仕草によって、この絵を鑑賞する人は自然に吉田大橋へと視線を移すことになります。

広重の構図の工夫が冴えわたっています。

なお、最遠景の山は、前回解説した見附と御油を結ぶ姫街道の途中にある「本坂峠(ほんさか)」だそうです。 

二川・吉田(広重『東海道五十三次』17)_c0187004_17452387.jpg

江戸時代の吉田宿が、現在の豊橋と地名を変えた経緯については、豊橋市役所のホームページに書かれています。

それによると、江戸時代は三河の吉田藩のほかに伊予国に吉田藩があり紛らわしいので、明治新政府は、明治2年、吉田藩に藩名の改名を命じました。新しい藩名案には、吉田の旧称である「今橋」、吉田城西側の地名である「関屋」、そして豊川に架けられた橋である「豊橋」(前述)の3案がありました。その中から「豊橋」に変更するよう命じられたとのことです。





by wheatbaku | 2020-06-29 17:41 | 広重『東海道五十三次』

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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