庄野と亀山(広重『東海道五十三次』25)
今日の広重『東海道五十三次』は、庄野と亀山です。
庄野(白雨)
多くの方が、庄野の絵を一度は見たことがあると思います。この絵は、保永堂版「東海道五十三次」の中の名作中の名作とも言われています。
絵は大変有名ですが、庄野宿がどこにあるかご存知の方は少ないのではないでしょうか。庄野宿は、石薬師宿から27町(約2.9キロ)の距離の所にあります。
大きな宿場でいえば四日市と亀山宿の間にあります。現在は、三重県鈴鹿市となっています。
この絵の副題は「白雨」です、白雨とはタ立やにわか雨のことで夏の季語となっています。
突然の激しい雨の中、客を乗せた駕籠かきと薦(こも)を被った男が坂を駆け上り、鍬を担いだ農夫と傘を差した男が前かがみになって坂を下る様子が描き出されています。
坂は左方上りとなっていますが、雨がそれに交差するように薄墨で右から斜めに描かれていて、雨と坂がクロスする構図となっています。
しかも、明るい色で摺られた坂道や人々の姿に対し、中景・遠景は暗い色で描かれていて、激しい雨で坂の向こう側の家並や竹林がかき消されるように描かれています。
坂の手前と坂の向こう側に竹が描かれていますが、坂の手前の竹と家並の間の竹ははっきりした線で描かれているのに対して、坂の背景となる竹林は、濃淡二つの墨色で描き分けられていて、雨に煙る様子を見事に表現しています。
この絵からは、大地を叩く雨音と風にゆれる竹林の音、さらには坂を駆け上がる駕籠かきの掛け声が聞こえてくるようです。

坂を下りている人物たちを拡大してみると、農夫のほうは大股で駆け下りていますが、傘をさした人物(足元をみると青い脚絆を巻いていることから旅人だと思われます)が、小股でゆっくり歩いていて、坂の降り方も対照的です。そして、ゆっくり歩いている男の傘をみると「竹のうち」と「五十三次」と書かれていて、広重は、ここでもしっかりと宣伝しています。

亀山(雪睛)
亀山は、亀山城の城下町でもありました。広重が保永堂版「東海道五十三次」を出した頃の城主は石川家でした。この絵でも右上隅に亀山城の櫓が描かれています。
この絵の副題「雪晴」の通り、降っていた雪が降り止んで晴れ渡った空の下、一面の雪に覆われた亀山城下が描かれています。
この絵は、保永堂版でしばしば見られる対角線構図で描かれていて、対角線の上は、空が大きく描かれていて、朝焼けを受けてうっすらと赤みをおびた山際を表す淡い紅と画面の上縁に沿った鮮やかな青により、澄み切った空気に包まれた冬の朝の雰囲気が感じられます。
対角線の下の部分は、幾重にも重なる山肌が対角線に沿って描かれています。
そして、雪に覆われた山や松の木そして家並のほとんどを白と墨で描いていて、色が使用されているのは急な坂道を登る大名行列だけです。この色使いにより一面が銀世界であることが見事に描かれています。
ほとんどが斜線で描かれているなかで中央の松がほぼ垂直に描かれていることにより画面が引き締まって見えるようにも思われます。
坂の上に見えるのは亀山城の櫓ですが、その下に描かれた門は城の西出口である京ロ門にあたると考えられていますが、そこに至る坂は実際よりもずっと急で長い坂に描かれています。これは、広重が対角線に合せて坂を描いたためと思われます。


