日坂から浜松まで(「東海道中膝栗毛」16)
日坂を出発した弥次さん喜多さんは、この日は浜松まで進みます。
この日は、座頭にいたずらをしたため喜多さんが川の流れに落とされてしまったり、浜松で泊まった宿で、弥次さん喜多さんは幽霊騒ぎに起こしてしまい、散々な一日となりました。
【8日目のデータ】
①出発地 日坂
②宿泊地 浜松
③通過した宿場 日坂⇒掛川⇒袋井⇒見附⇒浜松
④休憩場所 掛川
⑤出発地から宿泊地までの距離 38.1キロ
【道中のあらすじ】
①日坂から掛川まで
日坂を発った弥次さん喜多さんは、塩井川まで来ました。すると橋が流れ落ちたのか、人々は川を徒歩で渡っていました。
弥次さん喜多さんが渡ろうとしているところに京へ上る座頭の猿市と犬市の二人がやってきました。
二人はじゃんけんで勝ったほうが背負って川を渡ることなり、猿市が犬市を負ぶうことになるが、弥次郎が犬市の代わりに負ぶさって渡ってしまいます。
下挿絵は、弥次さんが猿市に負ぶさって塩井川を渡るところです。右手の岸に残っている座頭が犬市で、その右で指さして笑っているのが喜多さんです。

渡りきったと思っていのに、残された犬市の呼ぶ声がしたので、不思議に思いながら川を戻ります。戻った猿市の背に、今度は喜多さんが負ぶさりますが、またも残された犬市の呼ぶ声がしたため、他人が背中におぶさっていると気がついた猿市は、背中の負ぶさっている喜多さんを川に落としてしまいました。落とされた喜多さんは手足をもがきながら流されてしまい、あわてて弥次さんは飛びこみ喜多さんを引き上げてやりました。
座頭二人は、そのまま川を渡って、先に行ってしまいましたが、ずぶぬれとなった喜多さんは、着物を着替え、濡れた着物をぶら下げて歩いていき、やがて掛川の宿に着きました。
②掛川から袋井まで
掛川宿の入口の茶屋で、塩井川で川に落とされた座頭二人がいるのを見つけた喜多さんは、仕返しをしようと、その茶屋に入っていきます。
座頭二人は、酒を飲んでいましたが、喜多さんは、座頭たちは目が見えないのを良いことに、座頭の前の酒を横取りして飲んでしまいました。座頭が飲もうとすると注いだはずの酒がなくなっているので不思議に思いながら、また注ぎます。それを喜多さんがまた飲んでしまいます。喜多さんが飲んだことがわからない犬市は、猿市に文句をいいます。しかし、文句をいわれた猿市も飲んだ覚えがないため、店の亭主に文句をいいます。
その様子をみていた子守か喜多さんを指さして、あの人が茶碗へついでしまったと教えたために、喜多さんの悪事がわかってしまい、仕方なく代金を払うことになります。
下挿絵は、茶屋の縁台に座って座頭二人が酒を飲んで飯を食べている脇で、喜多さんがこっそり銚子の酒を茶碗についで飲んでいるところです。

③袋井から見付まで
袋井宿に入ると、両側の茶屋が大変繁盛していました。
そこで弥次さんが詠んだ歌が次の歌です。
ここに来て 行き来の腹や ふくれけん 布袋のふくろ井の茶屋
その袋井宿を出ると供をつれた洒落た上方者と一緒になります。
そこで話題になったのは女郎買の話でした。しかし、弥次さん喜多さんは上方者にやりこめられてしまいました。一方、上方者は、弥次さん喜多さんと一緒だと思いもよらない災難にあいそうだということで早々に一言挨拶して足早に先に行ってしまいました。
③見付から浜松まで
見付宿で、喜多さんは馬でいくことになりました。途中で、天竜川への近道がありましたが、そちらは馬ではいけないということなので、弥次さんだけ、歩いて近道をいくことになりました。
喜多さんは、馬子とのんびり江戸の米屋の話などして進み、待合場所に先についていた弥次さんと合流して、天竜川を船で渡り、向こう岸に着きました。
この天竜川で詠んだ歌が次の歌です。
水上は 雲より出でて 鱗ほど 波のさかまく 天竜川
浜松近くなると浜松の客引きが出ていて、その客引きと一緒に浜松にまで歩き宿屋に入りました。
【浜松の宿での出来事】
客引きの案内で浜松の宿に入った弥次さん喜多さんですが、部屋に入る早々に喜多さんはお風呂にいきます。弥次さんは部屋に按摩がやってきたので食後に按摩を頼みました。
食事が終わると、早速、弥次さんは按摩をお願いします。
按摩に揉み療治をしてもらいながらこの宿の女将さんについて聞くと、弥次さんが風呂からあがった際に見た女性が、この宿の女将さんで気が触れているとのこと。この話を聞いている頃、宿の居間から百万遍の念仏が始まりました。按摩の話によると、ここの亭主が宿の下女に手を付けてしまい、宿の女将さんは嫉妬深い妻が下女をたたき出しました。しかし、宿の女将さんは、それでも気が収まらず、ついには気ちがいとなり首をくくって自殺してしまいました。すると宿の亭主は、下女を家に人れて女将さんがわりにしました。すると、妻の幽霊が出てきました。そのため、女は発狂して毎晩念仏をするようになったといいます。
どうやらこの宿には幽霊が出るらしいと思った二人は、按摩を早々に返してしまいました。
そして、寝ようとしますが、どうも目がさえて寝付きません。そのうち、小便がしたくなりましたので、二人そろって縁側から小便しようということになり、雨戸をあけました。
最初に雨戸の外を見た喜多さんが悲鳴を上げて縁側に座りこみました。喜多さんが言うには、外に腰から下のない白いものがあるとのこと、続いて外を見た弥次さんも悲鳴をあげて座敷で伸びてしまいました。
喜多さんの叫び声を聞いた宿の亭主がやってきて弥次さんを介抱し、弥次さんも息を吹き返しました。
事情を聴いた宿の亭主は外をみて、白いものは取り込み忘れて干したままの襦袢だと教えてくれました。
落ち着きを取り戻した弥次さんは次の歌を詠むほど元気になりました。そして、
幽霊と 思ひの外に 洗濯の 襦袢(じゅばん)ののりか こわく覚へたと詠みました。
下の挿絵は、小便に起きた弥次さんが雨戸の外をのぞき、庭に幽霊を見て倒れたところ。喜多さんが弥次さんを支え、騒ぎに気がついた亭主が茶碗に水を人れて弥次さんに飲ませようとしています。


