赤坂から宮まで(「東海道中膝栗毛」18)
弥次さん喜多さんの東海道の旅10日目には宮まで進みます。ここでもあいからず珍道中を繰り広げます。藤川では喜多さんが気が触れた若い娘にいたずらをしたと娘の父親に疑われ大騒ぎになりますし、宮の宿では、瞽女に夜這いした弥次さんが泥棒と間違われて赤恥をかきます。
【10日目のデータ】
①出発地 赤坂
②宿泊地 宮
③通過した宿場 赤坂⇒藤川⇒岡崎⇒池鯉鮒⇒鳴海⇒宮
④休憩場所 藤川、岡崎、今村
⑤出発地から宿泊地までの距離 46.8キロ
今日歩いた距離は、9日目の浜松から赤坂までの距離を上回り、これまでで最高となります。弥次さん喜多さんの旅は小説の世界の話ですが、大田南畝の「改元紀行」でも赤坂から宮まで旅してしますので、実際に江戸時代の人は40キロ以上を普通に歩いていたようですね。
【道中のあらすじ】
①赤坂から藤川まで
赤坂の宿を発った弥次さん喜多さんですが、赤坂の宿の出はずれから後になり先になりした旅の三人づれは昨日の同宿の人と見えて、花嫁花婿を襖の間からのぞいて大騒ぎをおこした弥次さん喜多さんの悪口を言っています。それを聞いた弥次さんが怒って喧嘩をふっかけ、相手三人の「糞くらえ」と売り言葉に弥次さんが「糞をくってやる」と返したため、三人は本当に馬糞を指しだしたので、弥次さんが万事急須ということになってしまいました。しかし、喜多さんが仲裁に入り謝ってくれたため喧嘩は無事に収まりました。そうこうしているうちに藤川の宿に着きました。
②藤川から岡崎まで
藤川の宿はずれの茶屋で、喜多さんは急に腹が痛み出し、裏の雪隠(せっちん:便所)に駆け込みます。用を足して出てくると、物置を住まいにした一軒家が目にとまり、そこに気の触れた美しい娘が一人でいるのが見えました。喜多さん、つい手を出しかけたところへ、娘の父親が帰ってきました。父親はなんで娘の一人の住まいに入り込んだとすごい剣幕で大騒ぎしました。なかなか帰ってこない喜多さんを心配した弥次さんですが、しばらく物陰から騒動の様子をうかがっていましたが、良い潮時に仲裁にはいり、喜多さんも気が触れていると言いわけをし、喜多さん自身も、狂人のふりをしました。こうして、その場はどうにかおさまりました。
下の挿絵は、宿はずれの往来で、気の触れた娘の父親が弥次さん喜多さんにくってかかる場面。真ん中で両手を広げているのが弥次さん、右側の頭をかいているのが喜多さんです。

③岡崎から池鯉鮒まで
にぎやかな城下町岡崎で弥次さん喜多さんはご飯を食べることにして、街道脇の茶店に入り、鮎のなますや煮びたしなどを注文し「うまい。うまい」と食べました。ここでは、岡崎に女郎を買いに来た一行の様子も描かれています。
その後、今村の立場(現在、愛知県安城市)では、茶店で名物のさとう餅を売っていました。それを見て喜多さんが小さい餅と大きな餅の値段を聞くと両方とも3文だと亭主がいいました。そこで小さい方は2文にしろ、大きい方は3文では安すぎるから4文にしろといいます。亭主は特に損はないので良いでしょうといいますが。喜多さんは、買う段になって2文しかないと言い出します。それを聞いた亭主は、小さい方を2文で売ることを了解します。こうして、喜多さんは3文の餅を2文で手に入れたのでした。
④池鯉鮒から鳴海まで
池鯉鮒で弥次さんが草鞋(わらじ)で足を痛めたというので草履(ぞうり)を買おうと言い出します。そこで弥次さんは前の宿で喜多さんがやったのと同じやり方で一足9文の草履を7文にしてもらいます。
そして、絞染で有名な有松では、両側から旅人に盛んに声がかかります。そこで詠んだ歌が次の歌です。
ほしいもの 有松染に 人の身の
あぶらもしぼりし 金にかえても
ここで喜多さんが浴衣でも買おうと言い出したので、あっちこっち見て歩き、そして町はずれの小さな店に入り、亭主に声を掛けました。しかし、その亭主は、今まさに将棋の真最中でお客に気が付きません。あまりにも無視されるので弥次さんが大声をはりあげて、ようやく気が付きました。それから弥次さん、いろいろの品物を出してもらいましたが、最終的に最初に見せてもらった有松絞を手ぬぐいの長さだけに切ってもらって買いました。
⑤鳴海から宮まで
有松で絞染を買ったので、鳴海の宿は急いで通り過ぎます。それから宮までは何事もなく進みました。そうして宮の宿に入りました。
弥次さん喜多さん、長距離を歩いたものの、日暮れ前に宮に到着したようです。
宮でも留女の客を呼び込む声がにぎやかですが、その中の一軒の宿屋に泊まることにしました。
【宮の宿での出来事】
部屋に人ると、弥次さん喜多さんのところへ、 按摩、 手水鉢(ちょうずばち)の寄進依頼・六十六部石塔建立の寄進依頼者などが次から次とやってきます。
そして、宿の亭主がやってきて、明日の桑名までは船で渡るか佐屋回りの徒歩でいくか問われます。弥次さんが船だと小便に困るというと亭主は「いつも竹の筒を差し上げているので心配は無用です」といいました。そこで、二人は七里の渡しを船で渡ることになりました。
夕食をすませると按摩がやってきたので、按摩に揉ませていると、隣座敷に泊まりあわせた瞽女の二人連れが、慰みに伊勢音頭を歌い始めました。
喜多さんは、伊勢音頭に合わせて踊り始めました。そして、歌の最後に按摩の目が見えないのをいいことに足の裏で按摩の頭を撫でまわしました。しかし、按摩は、喜多さんのいたずらをしっかりわかっていて、次の歌の時には、伊勢音頭にあわせて喜多さんの頭をピタピタたたいて仕返しをしました。
按摩の後、風呂に入った喜多さんが、隣部屋の瞽女(ごぜ)は美人だというので、二人はこの瞽女に興味を持ちながら床につきました。
そして、喜多さんが寝入ったと思われる頃、弥次さんは瞽女をものにしようと、喜多さんを出し抜いて瞽女の布団に忍び人るが、用心深い瞽女に泥棒と間違えられて大騒ぎとなりました。その騒ぎを聞いて亭主がやってきて、部屋を見ると、瞽女の蒲団から襖まで伸びた弥次さんの下帯が落ちていたため、弥次さんの仕業とすっかりわかってしまいました。しかし、宿の亭主はとくに咎めることもなく穏便にすませてくれました。
下の挿絵は、宿屋で按摩に肩をもませる喜多さんとその脇で寛ぐ弥次さん。襖一枚隔てた隣の部屋には瞽女が三味線を弾いています。


