宮から四日市まで(「東海道中膝栗毛」19)
弥次さん喜多さんの東海道の旅10日目には宮で宿泊しました。宮で宿泊したのは、宮から桑名までは海上七里の渡しが控えていたからです。
11日目は七里の渡しを渡り、四日市まで進んで泊まります。
四日市の宿屋では、宿の女と思って夜這いをしかけた弥次さんですが、その相手が石地蔵であり、驚愕する様が大変滑稽で読んで笑ってしまいました。
【11日目のデータ】
①出発地 宮
②宿泊地 四日市
③通過した宿場 宮⇒桑名⇒四日市
④休憩場所 桑名、富田
⑤出発地から宿泊地までの距離 約40.2キロ
宮から桑名までは海上七里の渡しで、約7.5キロ、桑名から四日市までが2里27町(約10.8キロ)です。
【道中のあらすじ】
①宮から桑名まで
宮の宿での夜が明けて、朝飯を食べると、宿の亭主が船着き場まで送ってくれました。
船にのる際に、弥次さんが竹筒のことを思い出し、宿の亭主は走って取ってきました。その竹筒をみて、喜多さんは「なぁんだ、火吹竹のようだ」と言いました。
やがて、船は七里の渡しを走るように進みます。ひと眠りした弥次さんですが、尿意を催してきたため、宮の宿の亭主からもらった竹筒で用を足そうとしました。さて、この竹筒ですが、先に小さな穴があいていて、船べりに竹筒をもたせて、海にむけて用をたすものですが、弥次さんは、穴があいていることにきがつかず、尿瓶と同じだろうと思っていたので、船内で用を足したため、船内は水浸しとなり、乗り合わせたお客の持ち物もびっしょり濡れてしまいました。あわてて、弥次さんは自分のふんどしをはずして、周りを拭き始めました。一通り拭き終わったものの、弥次さん、しょげかえって静かにしているうちに、船は桑名の港に着きました。
②桑名から四日市まで
海上七里の渡しも、竹筒騒動はあったものの、船足は穏やかに終わり、無事、桑名に着いたのを喜んで弥次さん喜多さんは、名物の焼き蛤を肴に酒を酌み交わしました。
その後、また歩き始めましたが、喜多さんが気晴らしに半日交代で旦那と家来ということにしようと言い出しました。弥次さんも了解し、最初に旦那になるのは俺だということで弥次さんがまず旦那になりました。
喜多さんは、今は八ツ(午後2時)だから、今日は七つ(午後4時)までの早替りにしようということになりました。
早速、付近から竹を一本見つけてきて天秤棒のようにして荷物を前後に担ぎました。
そして、焼き蛤が名物の富田(現在の四日市市富田)の立場まで来ると、両側のお店からの呼び声に引かれてある茶店に入りました。
大皿に盛られた2人前の焼き蛤を食べていると七つの鐘がなったので、喜多さんがすぐに旦那になろうと言い出し、あわてたため、焼き蛤を取り落とし、焼き蛤が弥次さんの懐におちて大騒ぎとなりました。
下挿絵は、女が団扇で煽ぎたてている焼き蛤の匂いにつられて弥次さんが焼き蛤に近づいているところです。左手前が前後に荷物をのせた天秤棒を担いでいる喜多さんです。

四日市近くの七ツ家阿倉川に着くと、もう四日市の宿引きが出ていました。
【四日市の宿での出来事】
客引きに案内された宿屋は、思いのほか貧相な宿でした。しかも今日は混雑しているので相部屋とのこと。しかし、弥次さん喜多さん、文句も言わずに奥の部屋に通りました。
部屋に煙草などの行商人と酒売りの商人が人れかわり立ちかわり現れ、風呂から上がった喜多さんは焼酎を買って、疲れをとるため足に吹きかけました。
弥次さんは、喜多さんから聞いた話を信じて、風呂で宿の女中が来るのを待っていましたが、なかなかやってこなくて湯気にあたり逆上せてしまいました。喜多さんがそれを見つけて部屋まで連れてきて介抱しました。 その介抱の際に、喜多さんは、相部屋の田舎者の頭を足でこづいたり、耳をひねったりしていました。最初のうちは我慢していた田舎者もついに怒り出し、喜多さんは「足が酔った」と言い逃れました。
下挿絵は 真ん中に描かれているのが喜多さんで、喜多さんの足でいたずらをされた田舎者が喜多さんに怒りをぶっつけている場面です。

相部屋となった田舎者も寝静まった頃、弥次さんは、寝る前に喜多さんから次の間に女中がやってくると聞いていたので、抜け駆けしようと起きだしました。そして、真っ暗な中、手探りで探していると、間違えて吊り棚を外してしまいました。そこにちょうど喜多さんが起きてきたので、喜多さんに吊り棚を持たせてしまいました。そして、弥次さんは、壁づたいに歩いていくと、襖のそばに寝ている人影がありました。これをてっきり女と思い込んで手でさぐると、石のように冷たいうえ、薦に巻かれているので、死人ではないかとびっくりして早々に引き上げました。自分の布団に戻る途中で、まだ棚を両手で支えている喜多さんにこの話をすると喜多さんも震えだして吊り棚を支えきれずに大騒ぎとなりました。
弥次さんが死体だと思ったものは、相宿になった田舎者が寺に納めようと運んできた石のお地蔵様でした。棚が落ちる音を聞いた宿の亭主がやってきたので、喜多さんは、お地蔵様の脇に菰をかぶって隠れていましたが、すぐにみつかり護摩の灰ではないかと怪しまれました。また、喜多さんが落とした棚が当たって、地蔵の鼻が欠けてしまい、田舎者は大憤既でした。
喜多さんは盛んに謝りますが、亭主も二人も納得しません。そこで、弥次さんが仲裁に入り、次の狂歌を詠んだので、ようやく収まりました。
はひかけし 地蔵の顔も 三度笠 またかぶりたる 首尾の悪さよ
下挿絵は、弥次さんが薦に巻かれた地蔵に驚きあわてる様子です。


