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諏訪神社(渋沢栄一ゆかりの地11)

諏訪神社(渋沢栄一ゆかりの地11)

 中の家(なかんち)の南、歩いて6分ほどの所に、諏訪神社があります。
諏訪神社には、自動車でも行けますが、狭い道路のため、運転に自信のない方は、中の家(なかんち)前にある駐車場に車を駐車して、そこから歩いていったほうがよいと思います。

 諏訪神社は血洗島村の鎮守で、諏訪神社の拝殿は渋沢栄一に寄進されたものであり、境内には「渋沢青淵翁喜寿の碑」があります。

そこで、今日は、諏訪神社についてご案内します。下写真は諏訪神社の鳥居前から撮った拝殿です。手前の鳥居の扁額は渋沢栄一が書いています。

諏訪神社(渋沢栄一ゆかりの地11)_c0187004_14564801.jpg

諏訪神社の拝殿

諏訪神社の拝殿は、大正5年(1916)、渋沢栄一により寄進造営されました。

明治39年に、諏訪神社の幟旗(のぼりばた)が古くなったので氏子が新しく大きな幟旗を寄進することになり、その幟旗の字を栄一にお願いした際に、「神社を修理する際には血洗島の氏子と等分に費用を出したい」との申し出があったと深谷市のホームページ(渋沢栄一物語)に書かれています。
 栄一は、大正5年9月27日に行われた落成献納奉告祭に、兼子夫人をはじめ親族一同とともに参列しました。そして、社殿寄進の趣旨等について演説しています。

下写真が諏訪神社の拝殿です。拝殿の左にある木が後述する橘の木です。

諏訪神社(渋沢栄一ゆかりの地11)_c0187004_14564755.jpg

「渋沢青淵翁喜寿碑」

諏訪神社の境内に、拝殿が寄進された大正5年に建立された「渋沢青淵翁喜寿碑」があります。

諏訪神社(渋沢栄一ゆかりの地11)_c0187004_14564791.jpg
 

これは、拝殿を寄進してくれた栄一の好意に対して、諏訪神社の氏子たちがお金を出し合い境内に建てたものです。
(下写真)
 大正5年10月1日に除幕式が行われ、栄一も出席しています。この除幕式には、当時の昌谷埼玉県知事はじめ栄一の子供たち、発起人代表の渋沢治太郎なども出席しています。


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石碑の碑の表題は徳川慶久によるもので題額と呼ばれます。徳川慶久は徳川慶喜の七男として生まれ徳川慶喜家を継いでいます。大正5年には、既に徳川慶喜は亡くなっていますので、その子供の慶久が題額を書いたのでしょう。

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碑文は、最下段に書いておきましたが、萩野由之(はぎのよしゆき)によるものです。

萩野由之は、「徳川慶喜公伝」の監修を担当しました。碑文を詳細に読むと、「渋沢青淵翁喜寿碑」が建立された経緯がよくわかります。比較的読みやすいと思いますので、興味のある方はご一読ください。

橘の木

拝殿の脇に橘の木が植えられています。下写真

諏訪神社(渋沢栄一ゆかりの地11)_c0187004_14564838.jpg

この橘の木は、栄一の長女穂積歌子が寄進したものです。

穂積歌子とその夫穂積陳重は、大正411月大正天皇の即位式に参列しました。その際に、皇室から橘の実を拝領しました。そして、その実を播き苗としました。この苗を、栄一が諏訪神社の拝殿を寄進した際に、その記念として拝殿の前に植えたそうです。

なお、栄一は、日米親善のためアメリカに渉っていたため、大正天皇の即位式は参列できなかったそうです。

私が訪ねた11月初旬には橘の実が色づいていました。

諏訪神社(渋沢栄一ゆかりの地11)_c0187004_14564813.jpg

穂積歌子は、諏訪神社のほか、母千代の生まれた下手計村の鎮守鹿島神社にも橘の木を植えていますが、それは鹿島神社のご案内の際に紹介します。

この部分は、「渋沢栄一とふるさとの人々」(鳥塚恵和男著 博字堂刊)を参考にさせていただきました。

諏訪神社の獅子舞

諏訪神社の祭礼は、毎年1017日に行われ、この諏訪神社のお祭りの日には栄一は血洗島村に帰り、村人の演じる獅子舞を楽しみにしていたそうです。

アメリカに旅行した時と病気の時のほかは、欠かさず村に帰って来たそうです。

「父渋沢栄一」(渋沢秀雄著 実業之日本社刊)によれば、諏訪神社の祭礼には「ささら」と呼ばれる獅子舞をやり、その中に雄獅子と雌獅子、それに法眼という老いた雄獅子の3匹の獅子が躍る獅子舞があり、中の家(なかんち)は雄獅子を担当する家柄であったと書いてあります。

この獅子舞は、現在も血洗島獅子舞保存会により血洗島諏訪神社の秋の例大祭で毎年奉納されているそうです。

「渋沢青淵翁喜寿碑」の碑文
渋沢青淵翁喜寿碑

男爵渋沢青淵翁、今年七十七の高齢に達せられたるを以て、郷里なる八基村字血洗島の人々、碑を立てて、翁の徳を頌せんとして、余に文を求めらる、余訝り問ひて、翁の功績は甚大なり、村人の私すべき所ならんやといふに、人々首打掉りて否々、吾村は武蔵平野の小村ながら、翁の如き大人物を出したるを誇とすべし、翁や青年の頃村を去りて国家の為に奔走し、今は世界の偉人として内外に瞻仰せらるれども我等は尚翁を吾村の父老として親しみ慕ひ、翁も亦喜びて何くれと村の事に尽すを楽となせり、翁は嚮に八基小学校の新築と、其維持法とに就きて、多くの援助を与へ、一村の子弟をして就学の便を得しめたり、村社諏訪神社は、翁が幼少の時境内にて遊戯し、祭日には村の若者と共に、さ々らなど舞ひたる事あれば、村に帰れば先づ社に詣づるを例とし、社殿の修理にも巨資を捐て々父老を奨励したり、今年は翁の喜寿に当りたれば、翁を迎へて彼のささらを催し々に翁は記念として拝殿を造りて寄進したり、村人は此後春秋の告賽にも、子女の婚礼にも其便を得て、敬神の念嚮学の風と相待ちて風俗の益敦厚ならんことを喜び合へり、翁が尊貴を忘れて郷閭に尽せる功徳と情愛とは、村人の深く感謝する所なりと、余此言を聞きて感じて曰く、微賤より起りて富貴を一身に聚めたる人の草深き故郷を疎かにするは世の常なり翁や世界の偉人として其故旧を忘れず父老を敬ひ青年を導く、大人にして赤子の心を失はずとは翁の謂なり、翁の行は社会の模範となすべく、翁の徳は伝へて天下の風気を振起せしむべし、余は翁の知遇を蒙る者、いかでか人々の請を辞すべけんやと、因りて其言を録すること此の如し、翁の寿の九十に躋り百歳に至るは言はんも愚なり、後世翁の徳を聞きて感奮し、翁に継ぎて与る者あらば、翁は千歳にわたりて長へに生くべきなり

  大正五年九月       文学博士 萩野由之撰

   公爵徳川慶久 題額        阪正臣書


《2月21日追記》
 「青天を衝け」の第2話で、諏訪神社の獅子舞が登場しましたので、新情報も追記して、新たに
「諏訪神社と渋沢栄一(「青天を衝け」8)」を書いてあります。



諏訪神社周辺の地図



by wheatbaku | 2021-01-25 14:37 | 渋沢栄一ゆかりの地

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