タイトル「青天を衝け」の由来(「青天を衝け」1)
大河ドラマ「青天を衝け」が明日から始まります。今まで渋沢栄一に関する記事として「渋沢栄一ゆかりの地」シリーズを書いてきましたが、あらたに大河ドラマ「青天を衝け」に関する記事も書いていきます。
まず第一弾は、大河ドラマのタイトル「青天を衝け」の由来について書いていきます。
既に以前書いているように、このタイトルは、渋沢栄一と尾高惇忠の共作の漢詩集「巡信紀詩」の中の「内山峡」の一節からとられています。
安政5年(1858)10月に、渋沢栄一は尾高惇忠と一緒に信州に商売の旅にでます。その時に二人で作った漢詩を収録したものが「巡信紀詩」です。
栄一の家は藍玉の製造販売も家業としていました。父の市郎右衛門は、秩父や上州、さらに信州まで取引先を拡大をしていました。藍玉の売り先は、当然のことながら紺屋ですが、藍玉をまず紺屋に送り、盆と暮にその代金を回収するという掛け売り商売をしていました。さらに春と秋にも取引先を訪問していたため、年4回、各地の紺屋を訪問をしていました。
安政5年10月、栄一は尾高惇忠と一緒に信州の取引先を訪ねました。どうして尾高惇忠と一緒に行くことになったかの経緯はわかりませんが、尾高家も藍玉の販売はしていたので、一緒に行こうということになったのではないかと私は想像しています。
「巡信紀詩」は、この信州旅行の際に作った漢詩をまとめたもので、漢詩のほかには、序文と跋があり、序文を尾高惇忠が書き、跋を渋沢栄一が書いています。この本のタイトルは「信州を巡る旅で詠んだ漢詩による紀行文」といった意味ではないかと思っています。
この「巡信紀詩」は、すべて漢字で書かれている漢文で読むのが大変でした。いろいろな本を調べましたが、私が調べた限りでは、読み下したものが全くありませんでした。そこで、同じ年に江戸文化歴史検定1級に合格したH氏に読み下しをお願いしました。そうしてようやく序文と跋の凡そのことが理解できました。
二人は、安政5年10月6日に出発しましたが、出発の時に、父親から商売人ではなく文人のようだと注意を受け、栄一の家に行くと栄一の父市郎右衛門からも同じような小言をいわれ、そそくさと出かけました。しかし、旅に出てしまえばつい興が乗って、きれいな風景をみた時や茶屋や旅籠で漢詩を作りながら旅を続け、14日に信州松尾城下の勢州屋に泊まり、そこで尾高惇忠が序文を書きました。跋文は、渋沢栄一が上州安中で10月中旬に書いています。収録された漢詩の題に「吉井」「内山峡」「平賀」「下県寄木内芳軒」「望月客舎」「上田懐古」「西原晩望」「横川紅楓」「鷹巣山北望」という地名がわかるものがあります。
こうしたことから、二人の旅は、血洗島を出てから下仁田街道をたどり吉井を通り信州に向かい、途中にある内山峡で遊び、佐久に到着後、さらに上田、真田にまで足を延ばし、帰りは、小諸(西原)を通り、横川・安中など中山道を通り帰ってきたものと私は推定しています。
こうした漢詩による旅の記録「巡信紀詩」の中には、栄一と尾高惇忠が作詩した14作の漢詩が交互に収録されています。
その5番目に収録されているのが「内山峡」です。
内山峡は、信州耶馬渓と呼ばれ、屏風岩、姫岩などの奇岩が見られる名勝地で、その景観をうたいつつ、栄一の気概も歌い込んだもので、下のように、大変長いものです。
その中の一節に「勢衝青天攘臂躋 気穿白雲唾手征」という部分(上写真のピンク部分)があります。
これを読み下すと次のようになります。
勢いは青天(せいてん)を衝(つ)いて
臂(ひじ)を攘(まくり)て躋(のぼ)り
気(き)は白雲を穿(うがち)て
手に唾(つば)して征(ゆ)く
まさに栄一青年の未来に対する意気込みが感じられる一節です。ここから、大河ドラマのタイトル「青天を衝け」がつけられています。
昭和になって、渋沢栄一の「内山峡」に感激した信州佐久の人々により栄一の詩碑を建てようということになり、内山峡の岩壁に詩碑が作られました。
昭和15年11月24日に除幕式が行われ、栄一の孫の渋沢敬三が出席し、敬三により除幕されています。
下写真がその詩碑です。(佐久市観光協会にご了解いただき転載しています)
現在は「コスモス街道」の愛称で親しまれている国道254号線の道路脇の岩壁にあります。つい最近、佐久市の案内板が設置されたそうです。
「巡信紀詩」という漢詩集や「内山峡」という漢詩を知っている人はあまりいないだろうと思います。そうしたほとんどの人が知らない「内山峡」の一節から大河ドラマのタイトルを決めるというのは、いい加減な知識ではできないことだと思います。
このタイトルを考えたのが誰であるかわかりませんが、いずれにしても、栄一に関する資料をしっかり読み込んだ人が関与していると思います。
もし、タイトルを考えだしたのが脚本担当の大森美香さんであるとすれば、栄一の生涯をよく調べた上での脚本になると思います。こうしたことから「青天を衝け」は史実を踏まえたドラマになるのではないかと大いに期待しています。