栄一と千代(「青天を衝け」38)
「青天を衝け」第8回で、めでたく結婚できた栄一と千代ですが、千代については、これまで詳しく書いてこなかったので、今日は千代について書いてみます。
千代は、最初から「青天を衝け」に登場しているので、生まれも育ちも、大方の皆さんはもうご存知と思いますが、改めて書くと、千代は尾高勝五郎とやへの三女として天保12年(1841)に生まれました。長兄が惇忠、次兄が長七郎、姉に大川家に嫁いだみちがいます。弟には平九郎がいます。
母やへは、東の家(ひがしんち)の渋沢宗助の娘で、栄一の父市郎右衛門の姉ですので、栄一とは従兄妹です。栄一は、天保11年(1840)生まれですので、栄一が1歳年上となります。
栄一は、妻千代については、あまり語っていません。私の推測を書けば、千代が明治15年にコロナで亡くなった後、栄一は継室(後妻)兼子を迎えていますので、兼子への配慮から、あまり語っていないのではないかと思っています。
しかし、栄一の長女穂積歌子が、母千代の思い出を「はは その落ち葉」としてまとめていますので、どのような女性であったかがわかります。
「はは その落ち葉」の中で、私の印象に残るエピソードを3つ書いてみます。
①市郎衛門に褒められる。
栄一は、明治元年にパリから帰国します。そして、血洗島に5年ぶりに帰郷しますが、3.4日滞在しただけ静岡に向かいます。その際に、栄一は、市郎右衛門に、百両のお金を差し出して、「その昔、私が家を出る時にいただきましたが、これはそれを返す訳ではありませんが、帰郷のお土産代わりと思って納めてください」と言いました。すると、市郎右衛門は、微笑みながら、「お前の大変物堅い所は、よく私に似たものだなあ」と言って一旦受け取りました。そして、それをそのままに千代のほうや押しやりながら、「千代が5年間の間辛いことも堪え忍んで私逹に仕えてくれたこと、口に出してこそ言わなかったが、常々大変喜ばしいと思っていましたよ。だから、これはその褒美だと思って受け取っておくれ」と言いました。
これを聞いた千代は、たくさんのお金をもらったことより、市郎右衛門の真心のこもった一言を大変うれしく思って、涙ながらにそれをいただいたそうです。
②人足を叱るのをやめさせる。
明治2年、栄一は、静岡で商法会所の事業を始め、千代と歌子を静岡に呼び寄せることになりました。しかし、栄一は多忙のため、血洗島に来る暇がなかったため、二人を迎えるため大村昇という男を寄こしました。
二人は、一旦東京に出て、東京で支度を調えて静岡に向かいました。
その当時は、まだ武士を大事にする時代でしたので、二人の旅は、駕籠に乗って人足に荷物を運ばせる道中であり、旅籠でも大変丁寧にもてなしてくれました。こうした扱いは、血洗島での暮らしに比べるともったいないくらいでした。
その道中で、大村がしばしば人足をしかりつけていましたが、千代は、大村が人足達を叱りつけるのを見つけては、しばしばやめさせたそうです。
➂乳母を断る
明治3年3月に次女の琴子がうまれましたが、その時は、千代の母乳の出が悪くなりました。そのため、乳母をお願いしなさいと勧めてくれる人がいましたが、千代は「私の故鄕では、たとえ赤子が飢えて死んでも、乳母など抱える者はありません。もはや昔を忘れて、ぜいたくになったと言われるのは、子供が病気になるより心苦しいものです」と言って承知をせず、近所に住む人の乳を貰ったりして育てていました。そのことを伝え聞いた市郎右衛門が、「ぜいたくを慎むのも事によりけりである。子供のために乳母一人雇ったとしても、何の憚(はばかり)りがあろうか。」と言って寄こしたので、ようやく乳母を頼んだそうです。
こうしたエピソードを読むと、千代が誠実でやさしい女性であったことがよくわかります。
ですから、千代のこうしたエピソードが「青天を衝け」で描かれて欲しいと思います。しかし、「青天を衝け」の主人公は、栄一ですので、栄一の行動にスポットがあたることとなるため、千代のこうしたエピソードが「青天を衝け」に登場するかわかりません。
そのため、ここで紹介しましたが、「青天を衝け」に登場した場合には、改めて書こうと思っています。
穂積歌子の「はは その落ち葉」はもともとわずかな部数しか出版されませんでした。埼玉県では、埼玉県立図書館に所蔵されているだけでしかも禁帯出の本で、じっくり読むことができません。しかし、国立国会図書館デジタルコレクションに公開されていますので、興味のある方は、そちらをご覧ください。

なお、千代を主人公にした小説に「たおやかな農夫 渋沢栄一の妻」(船戸鏡聖人著 東京経済刊)があります。(上写真)
この小説は、「はは、その落ち葉」で語られている場面が随所に取り上げられています。
「はは その落ち葉」は明治時代の文体ですが、「たおやかな農夫 渋沢栄一の妻」のほうは現代文ですので、こちらのほうが読みやすいと思います。興味のある方は、こちらもお読みください。

