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武田耕雲斎、やむをえず天狗党の総大将となる(「青天を衝け」92)

武田耕雲斎、やむをえず天狗党の総大将となる(「青天を衝け」92

 「青天を衝け」第17回での天狗党の描き方は「武田耕雲斎、藤田小四郎から懇願され大将となり、幕府軍と闘かったものの、勝機が見えず、京都の慶喜を頼って西上する」というポイント抑えた簡潔なものでした。

 しかし、天狗党が西上を決定するまでの経緯は、「青天を衝け」で描かれていたより複雑な経緯がありますので、今日は、天狗党西上開始までの経緯を「青天を衝け」よりちょっぴり詳しく書いてみます。

 

 武田耕雲斎たち尊攘派が排除され江戸における水戸藩政の実権を握った市川三左衛門・朝比奈弥太郎らの諸生党(門閥派)の人々は,天狗党追討を決定し、筑波に向け出陣しました。そして、幕府は諸藩に出兵を命じるとともに幕府軍も出陣しました。こうして、幕府・諸藩・水戸藩諸生党連合の追討軍との天狗党の戦いが,下妻・高道祖(たかさい)で始まりました。

 この戦いが始まる前、水戸にいた榊原新左衛門らの尊攘派は、大挙して江戸藩邸に向かい、藩政の主導権を再び諸生党から奪い返しました。この時、武田耕雲斎は江戸まで向かわず、水戸藩領内とどまっていました。

下妻・高道祖戦争は、夜襲をかけた天狗党の勝利となりました。しかし、天狗党は追討軍に勝利したものの幕府軍に歯向かったため賊軍となってしまいました。

敗れた幕府軍は江戸に退却し、諸生党は水戸に戻りました。水戸城は尊攘派の大部分が江戸に向かったためすっかり手薄になっていたため、諸生党は楽々これを占拠しました。

こうして、江戸藩邸は尊攘派、水戸城は諸生党が実権を握るという状況となり、藩政は混乱するようになりました。

このような混乱の中、水戸藩主徳川慶篤は,その収拾のために自分の名代として水戸藩の支藩である宍戸藩の藩主松平頼徳を水戸に派遣しました。これに江戸藩邸にいた執政榊原新左衛門ら七百人が同行するとともに水戸藩領内小金に留まっていた武田耕雲斎も途中で合流し、この「大発勢」といわれました。

水戸に到着した松平頼徳は、水戸城に入城としようとしますが、尊攘派が多数同行していることから、市川三左衛門ら諸生党は入城を拒否します。やむえず「大発勢」は城外に留まり、繰り返し入城を求めますが、諸生党は拒否を続けました。このため、「大発勢」は、那珂湊に移動し、諸生党と対峙しました。この状況をみて、藤田小四郎たちは、「大発勢」を支援するため那珂湊に移動しました。

そのため、水戸城にいた諸生党は防備を固めるとともに幕府軍に支援を頼み、追討軍は那珂湊に移動しました。こうして「大発勢」・「天狗党」連合軍と「諸生党」・追討軍の連合軍が対峙する図式となりました。

「大発勢」は、もともと両者の争いを止めるために水戸に向かったので、幕府軍と敵対する意図はまったくありませんでした。そのため、思いがけない展開で、諸生党・追討軍と戦ったものの、「大発勢」の多くは、追討軍に投降しました。この投降した「大発勢」には悲劇が待っていて、松平頼徳は切腹を命じられ、榊原新左衛門は古河藩に預けられ切腹しています。

「大発勢」に加わっていた武田耕雲斎は、一貫して藤田小四郎に自制を求めていて、挙兵には賛成していませんでしたが、予想外の展開の中、藤田小四郎たちの懇願に負けて、藤田小四郎たちと行動をともにすることとしました。「青天を衝け」で描かれていたのは、この時の場面です。

こうして、「大発勢」の多くが投降した中でも、武田耕雲斎も加わった天狗党は、あくまで素志貫徹をめざして、追討軍と戦い続けました。しかし、天狗党は、多数を擁する追討軍に包囲されたため、那珂湊を脱出し大子(だいご:現在の茨城県大子町)に移動しました。そして10月末、軍議を開き、京都にいる慶喜および朝廷に「尊王攘夷」の素志を訴えるため西上することを決定します。

そして、武田耕雲斎を総大将とし、軍制・軍令を整え、111日、大子を出発し西上を開始しました。



by wheatbaku | 2021-06-10 19:24 | 大河ドラマ「青天を衝け」

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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