栄一、西郷の「戦が足らぬ」の深意を知る(「青天を衝け」167)
「青天を衝け」で、西郷隆盛が「戦(いくさ)が足らん、戦が必要だ、戦だ戦だ」と言う場面がありました。西郷隆盛がなぜこう言い出したのか会議の席にいた人たちも皆目わかりませんでしたが、視ていた皆さんもなぜ西郷隆盛がこういったのか疑問に思って場面だったのでないでしょうか。
西郷隆盛が「戦が足りない」と言ったことは史実です。そして、西郷隆盛がそういう意味がわからず栄一も苦慮したということがありました。そこで今日は、そのことについて書いてみます。(下写真は国立国会図書館「近代日本人の肖像」からの転載です。)
このことは、「雨夜譚」には書いてありませんが、井上馨の談話「世外公維新財政談」や「実験論語処世談」の中で栄一が語っています。ここでは、「世外公維新財政談」で語られている内容で経緯を書いていきますが、ここでも栄一は丁寧に語っていますので、簡略にポイントだけを書いてみます。
明治4年の5月末か6月の始めに特殊の問題を評議する議事局ができました。
それは、木戸孝允、西郷隆盛、大隈重信、井上馨ら有力者が寄って評議する場でした。
この評議の場は、江戸城の能舞台で、そこに栄一は大蔵省に籍を持ちつつ終始出席していました。その評議のメンバーは論客が多かったため、空論となることが多い会議でした。「青天を衝け」でも、能舞台で行われる会議に栄一と杉浦譲陪席して会議の進行にあきれる場面が描かれていましたネ。
議事局で、廃藩置県を実施する頃、帝室に関係する議論があり、三条実美や岩倉具視に出席を願うにあたって、建白書を書くこととなり、栄一がそれを担当しました。悪いといって二度ばかり書き直させられた建白書を三条実美に提出することについて、木戸孝允が西郷隆盛に同意を求めると西郷隆盛は、ただ「まだ戦争が足りないようにごわす」と言いました。
※栄一も「西鄕さんの意中がどうも分らない。同意しないのか、するのか、煮え切りませんでした。」と書いているほど理解できなかったようでした。
そこで、木戸孝允が、いろいろと西郷隆盛を説得しましたが、なかなか同意しません。そのため、井上馨は、怒りだして暴言を吐き、夕方になって帰ってしまい、栄一たちも、もう会議に出席しなくてもよいというほどだったようです。
それから、二三日過ぎて、井上馨が栄一を呼びだし、西郷隆盛の発言には、理由があったのだと教えてくれました。
井上馨は、西郷隆盛は、「廃藩置県は断固やるべきであり、それに反対する藩に対しては、戦争をしなくてはならない」ということを言っていたのですが、結果だけ言うから頭の悪い者には分らなかったと栄一に教えてくれました。
それで、栄一もようやく西郷隆盛の言葉の意味がわかりました。
このことは、栄一は「実験論語処世談」の中でも語っていて、その最後に、西郷隆盛の話は意味深長なことが多かったと次のように語っています。
「その年の七月中旬に廃藩置県の事が決定布告になったので、西郷公が『日本は維新後まだ戦をすることが足らぬ』と申された一言の意味を始めて私も解し得られるようになったのである。即ち、西郷公は何よりも廃藩置県を目前の最大急務なりと考えられていたので、いよいよこれを実施する段になると、あるいは諸藩の中からこれに反対を唱へて乱を起し、あるいは再び戦争になるようなことがあるかも測られぬと予想されて『戦をする事が足らぬ』と申されたのであった。しかるにただ結論だけを談話になって、この結論に達するまでの筋道を詳細に説明せられぬものだから、他の者には何が何やら一向に解らず、ために斯(か)く誤解されるような事も往々(おうおう)あったものかと思う。西郷公の一言には、こんな風で常に意味深長のことが多かったものである。」
さすがの渋沢栄一も、西郷隆盛の心のうちまで読むのが難しかったことがあったようです。
しかし、西郷隆盛の偉大さを実感していたようです。
前回、大久保利通は「器ならず」であったと栄一が書いていると書きましたが、西郷隆盛も「器ならず」であると『実験論語処世談』の「大西郷は賢愚に超越せり」の中で次のように語っています。
「隆盛公の御平常は至って寡黙で、滅多に談話をせられることなぞのなかった方であるが、外間(外見か)から観た所では、公が果して賢い達識の人であるか、はたまた鈍い愚かな人であるか一寸解らなかったものである。この点が西郷隆盛公の大久保卿と違ってたところで、隆盛公は他人に馬鹿にされても、馬鹿にされたと気が付かず、その代り他人に賞められたからとて素より嬉しいとも悦ばしいとも思わず、賞められたのにさえ気が付かずに居られるように見えたものである。いずれにしても頗(すこぶ)る同情心の深い親切な御仁にあらせられて、器ならざると同時にまた将に将たる君子の趣があったものである。」
最後に、前回、「器ならずについて」少し説明してありますが、渋沢栄一が論語の「子曰く、君子は器(き)ならず」について、「実験論語処世談」の中で「箸には箸、筆には筆とそれぞれその器に従った用があるのと同じように、凡人には唯それぞれ得意の一技一能があるのみで、万般に行き亘つたところのないものである。しかし、非凡な達識の人になると一技一能に秀れた器らしい所が無くなってしまい、将に将たる奥底の知れぬ大きな所のあるものである。」と解説していますので、紹介しておきます。(デジタル版「実験論語処世談」より引用)

