栄一、「宮中ご養蚕」に関わる(「青天を衝け」174)
これまで、2回、富岡製糸場について書いてきました。今日は、それに関連して、「宮中ご養蚕」について書きます。
皇后陛下が養蚕の作業をされるニュースがテレビや新聞に報道されることがありますが、宮中での養蚕が「宮中ご養蚕」と呼ばれています。
「宮中ご養蚕」は、明治天皇の皇后芙子(崩御後、昭憲皇太后と呼ばれましたので、以後、昭憲皇太后と書きます)が始めたもので、掃き立て(孵化した蚕を小さな箒を使って飼育用の箱に掃き落とす作業)から、桑を摘み、蚕に桑を与え、蚕に繭を作せ、繭を収穫するまでの一連の作業を皇后陛下御自身で行なっているそうです。この宮中ご養蚕は、昭憲皇太后から、貞明皇后(大正天皇妃)、香淳皇后(昭和天皇妃)、美智子上皇后に受け継がれ、現在の雅子皇后も引き継がれています。
この「宮中ご養蚕」の開始にあたっては、栄一も関わっていますので、今日は、その話をしたいと思います。
「宮中ご養蚕」を始めたのは昭憲皇太后ですが、昭憲皇太后が、「宮中において養蚕を始めたいが、どのようにしたらよいか知識経験のあるものに聞くように」と御下問したといいます。これに対して、明治政府の高官で養蚕を知るのは、栄一しかいなかったため、渋沢栄一がお答えることとなりました。
その時のことを栄一は、「デジタル版渋沢栄一伝」に収録された「雨夜譚会談話筆記」の中で、次のように語っています。
「もちろん御下問に対して直接にお答えした訳ではないが、私が大蔵省の役人をしておる時であった、それで私は養蚕の玄人でないから、田島武平を御指導者としてお薦めしたのは事実である、ちょうど富岡の製糸場をつくる前のことである。(中略)大蔵省の高等官中で養蚕のことを知るのは渋沢だということになっていた。そしてこの頃斯様(かよう)に養蚕製糸のことは大切だと外国人もいい、宮中でも、支那の王宮で養蚕を行っていたことが書物の中にあるので、此処(ここ)に実地養蚕をしようという議になったらしく、私にその場所の見立(みたて)をいいつけられた。私は二度ばかり紅葉山へ行って見て、桑を植える場所や養蚕する建物等を指定し、かつ御指導者には田島武平がよかろうと、田島を呼んで推薦したのである、田島は群馬県の人で、渋沢喜作の妻「およし」の姉の「おしげ」の夫で、喜作と義兄弟に当る人である。この事は照憲皇太后御自身の思召であったということで、宮内省から大蔵省へいって来たのである。」
こうして、栄一の遠縁にあたる田島武平が実際の指導を行うこととなりました。
そして、田島武平は養蚕が得意な婦人を人選して皇居に向かい、実際に養蚕に従事しました。
その経緯を後に、栄一の甥(妹ていの次男)渋沢治太郎が「デジタル版渋沢栄一伝」に収録された「竜門雑誌 第四九七号」の「宮中御養蚕の濫觴に就て」で次のように語っています。
「太政官から、養蚕功者の婦人4人ほど、至急人選して上京せしめよとの命令が岩鼻県に伝へられ、岩鼻県は直ちにこれを田島氏に伝達したので、氏は仰せをかしこみ、同村の田島太平妻たか(48才)田島伊三郎娘まつ(17才)栗原茂平娘ふさ(20才)武州深谷宿飯島元十郎妻その(28才)の四人を選定し、蚕種紙を携へて上京した。」
田島武平と蚕婦たちは、上京後、3月14日から掃立を始めました。
昭憲皇太后は、掃立を始めた翌日には、早くも御蚕室(蚕を飼う部屋)訪ね、それ以降、4回蚕室を訪ねています。さらに、昭憲皇太后蚕室で飼育させるだけでは満足せず、手許で飼育するほど熱心だったそうです。
そのうえ、明治天皇まで、3月16日に御蚕室を訪れて以降、8回までも御蚕室を訪ねたそうです。
そして、蚕が繭となりその繭が5月7日に御蚕室で糸とされ、羽二重と綸子(りんず)に織られました。そして、「宮中ご養蚕」のために召された人々は、5月10日に種々の下され物を頂戴して故郷に帰っています。
宮中ご養蚕がはじまると、大蔵省はこれを記事にした新聞を買いあげ、各府県に配布したといいます。これも渋沢栄一が命じたからではないかと推測されています。
現在、「宮中ご養蚕」で飼育されている蚕の品種は純国産の「小石丸」はじめ四種です。「小石丸」は、江戸時代から明治にかけて主流でしたが、現在は、改良品種が飼育されていて、「小石丸」を飼育しているのは極少数だそうです。
平成2年、「小石丸」からとれる繊細な糸が、正倉院の宝物である古代裂の復元に欠かせないことがわかり、平成22年の復元完了まで、宮中で飼育された蚕からとれた絹が復元に利用されました。
当時の美智子皇后は、復元用の絹を確保するため、例年より飼育数を増やして飼育したそうです。そうしたこともあって、
平成17年には、三の丸尚蔵館で「皇后陛下のご養蚕と正倉院裂の復元」という特別展が開催されました。
宮内庁のホームページがありリンクしましたので、ご興味のある方はご覧ください。

