グラント将軍ゆかりの地(「青天を衝け」192)
「青天を衝け」第34回の最後に、グラント将軍が訪日する際、民間としての接待を栄一が依頼される場面がありました。
栄一は、このグラント将軍の接待を政府から要請され、上野公園で歓迎式典を挙行し、栄一の飛鳥山の別荘での接待も行っています。これらのことは、次回の「青天を衝け」で描かれると思いますので、描かれた時に再度書くことにして、今日は、東京におけるグラント将軍ゆかりの地を紹介しておきます。
グラント将軍は、アメリカの18代大統領です。グラント将軍は、オハイオ州生まれで、アメリカの南北戦争に従軍し、各地で戦功を重ね、北軍総司令官となり、1865年(日本では慶応元年)にリー将軍率いる南軍をアポマトックスで降伏させ、北軍に勝利をもたした英雄です。南北戦争後、共和党から大統領選に立候補し当選し、1869年(日本では明治2年)から1877年(明治10年)までの2期8年間、大統領を勤めました。大統領在任中の1871年(明治4年)12月にワシントンを訪れた岩倉具視を特派全権大使とするいわゆる岩倉遣外使節を謁見しています。
グラント将軍は、大統領退任後、世界一周旅行に出発し、1879年(明治12年)7月3日から同年9月3日まで国賓として日本に滞在しました。
グラント将軍が東京に滞在した時に宿舎としたのが、浜離宮の延遼館(えんりょうかん)です。当時の建物は明治20年の地震により損壊し、明治22年に取り壊されましたので、現在は、浜離宮内に跡地としての説明板が残されているだけです。(下写真)

延遼館は、当初、慶応2年に海軍所の建物として建設を開始され、明治2年に完成した日本最初の洋風建築でした。
延遼館とは遠来の客を引き寄せる宿舎という意味を表しているそうです。
延遼館は、コの字形をした建物で、明治16年に鹿鳴館ができるまでは迎賓館として利用されました。
グラント将軍滞在中に明治天皇が浜離宮に行幸し、グラント将軍と会見しました。
数年前に浜離宮を訪問した際、園内の中島の御茶屋(下写真)には、明治天皇とグラント将軍の会見を描いた聖徳記念絵画館の「グラント将軍ト御対談ノ図」の複製が掲示されていました。

聖徳記念絵画館の「グラント将軍ト御対談ノ図」は、栄一が奉納したものです。下写真はその複製です。


以上のほかに、歓迎式典が開催された上野公園にも「グラント将軍植樹碑」がありますが、上野公園での歓迎式典などについて「青天を衝け」で描かれた後に書こうと思います。

