鳥居強右衛門の子孫の墓がある桃林寺(「長篠の戦い」②)
鳥居強右衛門のゆかりの地がある埼玉県行田市ですが、今日は鳥居強右衛門の子孫が眠る桃林寺をご案内します。
鳥居強右衛門の子孫のお墓がある桃林寺は、秩父鉄道持田駅から徒歩6分、忍城址公園に建つ行田市郷土博物館からは徒歩12分の行田市城西3-6-1にあります。下写真は、桃林寺表門です。

お墓参り当日は、事前に連絡を入れておいたため、ご住職がお待ちいただいて、庫裏で親切に桃林寺に関して多くのことを教えてくださいました。
桃林寺は、臨済宗妙心寺派の寺院で、奥平松平家の初代藩主松平忠明が兄で14歳でなくなった松平家治の菩提のため建立したお寺です。開基は松平忠明で、開山は松隠宗嶽禅師です。桃林寺という寺号は、松平忠明の兄家治の法名「桃林寺殿右京兆朔公大禅定門」の冒頭部分をとっているとのことです。山号の天童山とは「普く天の童」ということを意味して若くして亡くなった家治を意味しているとのことでした。下写真は桃林寺本堂です。

桃林寺は寛永年間大和郡山に創建されましたが、奥平松平家の移封に従って、各地を移転し、文政6年(1823)に奥平松平家が桑名から忍(現在の行田市)に入封された際に、桃林寺も忍(現在の行田市)へ移転しました。
お寺の移転で、大きな墓石等は運ぶわけにはいかないのでその地に残さざるをえませんが、ご本尊様・過去帳などは、藩主一行の道具類とともに運んできたそうです。ご住職は、桑名の桃林寺があった場所も確認に行ったことがあり、桃林寺跡は現在は小学校になっていたそうです。
ご住職のお話を聞かせていただいた後、鳥居強右衛門の子孫のお墓参りをさせていただきました。
鳥居強右衛門の子孫のお墓は本堂西側の一画に設置されていました。桃林寺には、12代鳥居強右衛門商近のほか13代商次や14代商方の妹などが埋葬されています。

下写真が12代鳥居強右衛門商近のお墓です。法名は好賢院義堂鉄心居士と刻まれています。
12代商近は、10代商寿の子供で、11代商正の弟です。11代商正に子供がなかったため、兄の養子となり、文政4年(1821)兄の病死したため、家督を継ぎ12代目となりました。文政6年に奥平松平家が桑名から忍(現在の行田市)に移封となったのに伴い忍現在の行田市)に移り、文政7年、22歳で亡くなり、忍現在の行田市)の桃林寺に埋葬されました。

桃林寺には、12代商近はじめいくつかのお墓が残されていますが、その中には、鳥居家の家紋である「鳥居」と替紋「三ツ橘」を刻んだものもあります。(下写真)

下地図の中央が桃林寺です。

