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本證寺の建物〈三河三ヶ寺⑵〉 (徳川家康ゆかりの地➂)

本證寺の建物〈三河三ヶ寺⑵〉(徳川家康ゆかりの地➂)


 本證寺の建物は、ほとんど江戸時代に建立されたもので、多くの建物が文化財に指定されている貴重なものです。そこで、今回は、本證寺の本堂をはじめ主要な建物をご案内します。

1,山門

本證寺を参詣する際には、最初に目に入ってくる山門は昭和56年に新築されたものです。これ以前には、宝永元年(1704)に建設された山門があったそうです。本證寺にある主要な建造物のなかで山門は文化財には指定はされていないようです。しかし、立派な建物でした。

本證寺の建物〈三河三ヶ寺⑵〉 (徳川家康ゆかりの地➂)_c0187004_17260581.jpg

2、本堂

山門を入ると正面に見事な本堂が見えます。本堂は愛知県の文化財に指定されています。本堂は、間口18.54メートル、奥行23.86メートル、高さ15.79メートルの入母屋造、本瓦葺の建物で、東が正面となっています。 見るからに大きな建物でしたが、安城市文化財報告書でも、「地方の真宗寺院本堂としては比較的大型だ」と書いてあります。下写真は、山門から写した本堂です。

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本證寺は、三河一向一揆の拠点となって家康と対立し敗北し、永禄7年(1564)、主要な建物はずべて破却されたと言われています。しかし、20年ほどたった天正13(1585)に本證寺は三河国内の一向宗の他の七か寺とともに一揆の罪を赦免されました。そこで、本證寺では、慶長年間(15961615)に本堂再建に着手し、寛文3(1663)頃に完成したと考えられています。本堂欄干(らんかん)に寛文3年と刻まれた擬宝(ぎぼし)銘文が残されているためそう考えられています。

〈9月28日追記〉擬宝珠の写真と拓本の写真を安城市教育委員会から借用しましたので下記にアップしておきます。拓本を見ると擬宝珠には「寛文三癸正月十一日」と刻まれています。

本證寺の建物〈三河三ヶ寺⑵〉 (徳川家康ゆかりの地➂)_c0187004_14005491.jpg
「画像提供 安城市教育委員会」
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      「画像提供 安城市教育委員会」

 本堂の中にもご案内いただきました。本堂正面にはご本尊阿弥陀如来像が鎮座していました。

ご本尊右手には開基の慶円上人、左手には聖徳太子が祀られているそうですが、ともに通常非公開です。下写真は本堂内の写真です。

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 ご本尊様を安置する宮殿(くうでん)は宝暦11年(1761)に水口藩加藤家から寄進されたものです。

〈9月28日追記〉ご本尊及び宮殿の写真を安城市教育委員会から借用しましたので下記にアップしておきます。中央に鎮座しているのが阿弥陀如来像でご本尊が安置されているのが宮殿です。水口藩加藤家と本證寺の関係は、水口藩加藤家の藩祖は加藤嘉明ですが、加藤嘉明の父加藤教明が本證寺門徒として三河一向一揆の際にも本證寺に加勢した縁によるものだそうです。

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 「画像提供 安城市教育委員会」


ご本尊が安置されている内陣(ないじん)やその左右の余間(よま)の正面上部の欄間の彫刻は見事なものでした。欄間の彫刻は宝暦年間(175163)に作られたものと考えられているようです。(安城市文化財報告書より)。「提供 安城市教育委員会」

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3,大鼓楼(たいころう)

境内北東隅の堀に面して建つ二階建ての建築物がありますが、これが太鼓楼で安城市指定文化財です。大鼓楼は単に鼓楼(ころう)とも呼ばれていますが、真宗寺院特有の建物で、太鼓を打って周囲に時を知らせるとともに、物見櫓としての機能も持っていたと考えられています。太鼓楼は、解体修理の際発見された墨書により宝暦10(1760)の建立であることが確認されたそうです。太鼓楼の下層は南北5.46メートル、東西4.57メートル、上層は南北2.93メートル、東西2.36メートルあります。一階・二階とも入母屋造・本瓦葺の建築物です。太鼓楼の屋根最上部には鯱(しゃち)の形をした瓦が載せられています。(下写真は本堂前から写した太鼓楼)

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本證寺は「城郭寺院」とも呼ばれていますが、堀に面して建てられている姿はまさにお城の隅櫓を思わせる景色です。下写真は、山門前から写したものです。

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4,経蔵

 本堂に向かって左手に経蔵があります。経蔵は経典を収納する蔵で、安城市の文化財に指定されています。この経蔵は瓦に刻まれた銘によって文政6(1823)に建立されたことがわかっています。間ロ・奥行とも5.46メートル、 高さ10.3メートルの宝形造(ほうぎょうづくり)・桟瓦葺(さんかわらぶき)の建物で、経蔵の下部は海鼠(なまこ)壁でその上が漆喰(しっくい)塗りとしなっている土蔵造です。安城市文化財報告書によれば、内部は板敷きで、後方に来迎柱・須弥壇(しゃみだん)を設け、東西両側面に経棚が設けられているそうです。また 経蔵内には六角形または八角形の回転式輪蔵(りんぞう)を備えるものが多いが、 本證寺経蔵は経棚を備える形式であり稀少だそうです。

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5,鐘楼

鐘楼は、境内南東部の堀脇に建てられていて、安城市指定文化財です。鐘楼は鬼瓦に元禄16年(1703)の銘があり部材の墨書にも元禄の文字が確認されているので、元禄年間の建立と考えられています。3.64メートル四方の入母屋造・本瓦葺の建物です。 四隅の柱の蟇股(かえるまた)には龍・獅子・麒麟・虎・牡丹・竹・雲・波の彫刻が施されていて、それぞれが素晴らしい出来栄えのようですが、ちょうど堀の修復工事中で、鐘楼に近づけず、確認することができなかったのが残念です。

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〈9月28日追記〉鐘楼の画像を安城市教育委員会から借用しましたので下記にアップしておきます。
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       「画像提供 安城市教育委員会」


本證寺には、以上の建造物のほか、裏門と庫裏も文化財に指定されていますが、裏門と庫裏については次回ご案内します。

今回の記事は、小山御住職からいただいた「文化財報告書第5集 雲龍山本證寺調査報告」(安城市教育委員会)を参考にさせていただきました。

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by wheatbaku | 2022-09-26 17:25 | 徳川家康ゆかりの地

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