お愛の方の義父蓑笠之介の名前の由来(「どうする家康」81-1)
お愛の方についての追加記事です。お愛の方の義父の名前は「蓑笠之介」という妙な名前ですが、実は徳川家康から拝領した由緒正しい名前です。そこで追加で「蓑笠之介」の名前の由緒について書いておきます。
お愛の方の義父蓑笠之介は、元の名前を服部平太夫正尚と言いました。蓑笠之介に名前を変えた由緒については、次のような話があります。『寛政重修諸家譜』に載っている話です。
本能寺の変の後の「伊賀越え」は神君三大危機の一つに数えられる家康にとって重大な事件でした。 服部平太夫は、その苗字から推測できるように伊賀の出身でした。そこで、伊賀越えの際に服部平太夫が道案内をしました。柘植城主(名張城主とも)の服部出羽守保章(『寛政重修諸家譜』では喜多村出羽守)が領地を通過させるとのことでしたが、服部出羽守保章は明智光秀の舅であることから不審に思い、服部平太夫が親族であるため使いに立ちました。すると服部保章は人数を用意し家康を迎えに行くとの返答でした。しかし、服部平太夫は、その心底は信用できないので念のため身を隠して訪ねるのがよいと考え、家康に蓑と笠を差し上げ身分を隠したので、危機を脱したといいます。無事浜松に帰った家康は、服部平太夫の伊賀越えの際の忠節を誉めて、以後「蓑笠之介」と名乗るよう命じたといいます。蓑笠之介という名前は妙な名前ですが、由緒ある名前なんですね。

