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池田勝入(恒興)、三河中入り策を秀吉に献策する(「どうする家康」126)

池田勝入(恒興)、三河中入り策を秀吉に献策する。(「どうする家康」126

 「どうする家康」第32回では、小牧長久手の戦いが描かれていました。小牧山城と楽田城にそれぞれ本陣をおいた家康軍と秀吉軍は、しばらくの間、膠着状態となりました。そうした中、羽黒合戦で思いがけず敗戦を蒙った森長可、その舅の池田勝入(恒興)は、その汚名をそそごうと願っていました。そこで、考えだされた策が徳川軍が尾張に出陣していて留守となっている三河岡崎城を攻撃しようという「三河中入り」策です。この策は池田勝入と森長可が秀吉に献策し強く採用を勧めたというのが従来の通説です。

小和田哲男先生は『秀吉の天下統一戦争』で次のように書いています。

「女婿森長可の出陣のとき、自分が出ていかなかったため、羽黒の戦いで負けるという失態を演じてしまった。失態を演じ、恥をかいたのは森長可ではあるが、女婿の失態は自分の失態でもあると思っていたのであろう。恥辱を雪(すす)ぎ、名誉挽回の機会をねらっていた。

諸書を総合すると、44日のことと思われる。池田恒興は、秀吉に、『家康が小牧山に在陣し、三河本国の守りが手薄になっているので、別働隊を組織し、三河に攻め込んだらどうか』と進言して、秀吉は、戦巧者の家康を相手にそんなにうまくいくとは思っていなかったので、はじめは難色を示し、一度はその申し出を却下している。

ところが、翌5日、再び池田恒興が秀吉に再考を促してきたのである。秀吉は秀吉で、恒興には気を遣わなければならない立場にあったことも事実である。ここまで、まずまず順調に推移してきたのは、恒興が早くに犬山城を落としたからであり、もっとたどれば、清洲会議のときの恩義もある。二度までいってきた恒興の進言をむげに退ければ、恒興の心証を悪くすると考えていた。また、いまの戦線膠着状態を何とかしなければという焦りの気持ちも生まれていた。

そこに、甥の秀次が、恒興の作戦を聞き、『自分がその大将になりたい』と志願してきたのである。秀吉も、やや不安な思いは抱きながら、その作戦の実行を許可することになった。」

 このように、池田勝入は、羽黒合戦で森長可が敗北した際に的確に援軍をだせなかったことを悔いていたため、三河中入り策を積極的に勧めたとされていますし、羽黒合戦で敗北した森長可も不名誉なことと考え、326日付けの遺言書を作成しているほどで、森長可は、死ぬ覚悟で小牧長久手の戦いに臨んだいて、三河中入り策に積極的に賛成したことと思います。(※長可遺言状は、名古屋市博物館が所蔵していて、その全文は、多くの人がネットにアップしているのでご興味のある人は「森長可遺言状」で検索してみて下さい)。

しかし、池田勝入や森長可が積極的に検索したと言われていた三河中入策ですが、最近では、秀吉自身が確信をもって進行しているという見解が出されています。本多隆成先生は『定本徳川家康』の中で次のように書いています。

「長久手合戦の通説では、三河を衝く作戦は池田直興らの献策によるもので、秀吉は当初気が進まなかったといわれ、また、ひそかに三河を衝こうとしたともいわれてきた。これに対して、岩澤氏はかって高柳光寿氏が示唆された考え方を発展させ、家康を小牧山から引き出すために決行されたのが三河侵攻作戦であり、秀吉はこの作戦を確信をもって決行しており、それは隠密裏に行動する必要はなかったといわれた。従うべき見解であるといえよう。」

 「どうする家康」では、従来の通説に沿いつつ、最後の部分で、秀吉が池田勝入が進言してきたからにしようと発言させることによって、最近の研究成果を加味した展開であったと感じました。

最後に、陸軍参謀本部が作成した『日本戦史小牧役』を紹介しますので、興味のある方はお読みください。『日本戦史小牧役』は国立国会図書館デジタルコレクションで読むことが出来ます。しかし、原文はカタカナ交じり旧字文ですので、現代語訳して紹介します。

「東西両軍小牧付近に対峙するも互いに乗ずべき機会を得ることがなかった秀吉はやや計画に惑っていた。その時、たまたま、ある人が岡崎城を奪う策を秀吉に献じた。秀吉は熟慮するもまだ決めかねていた。池田勝入はこれを聞いて兵を三河に出して留守を襲い各所に放火して恐怖に陥らせれば家康は必ず小牧山を守ることはできないだろうと44日夜、秀吉に面会してこの策を採用するように述べて自らがその任にあたろうと願い、5日の朝にはまた面会してその断交を促した。おそらく、勝入は317日の羽黒の戦いで森長可を援けず怖気づいたのだろうとそしられたのを大いに悔いて、次は必ず武功をたててその恥をそそごうという願いが強かったので、この策がよいと賛成したのだろう。秀吉はついに勝入の願いをいれて三好秀次および森長可を池田勝入に附属した一支隊を編成して明6日出陣し三河の西部に前進すべきと命じ(た)。」

 そして、軍監として堀秀政を加えたうえ、第一隊 池田勝入6千、第二隊 森長可3千、第三隊 掘秀政3千 第四隊三好秀次8千 で別動隊を組織し46日に夜中に秘かに出陣したと書いています。





by wheatbaku | 2023-08-21 22:45 | 大河ドラマ「どうする家康」

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