喜多院の客殿・書院・庫裏は江戸城の御殿を移築したもの〈喜多院⑤〉(徳川家康ゆかりの地68)
喜多院には、江戸城の御殿が残されていることで有名です。それが喜多院の庫裏・客殿・書院です。これらはいずれも国の重要文化財に指定されています。
庫裏・客殿・書院は、喜多院の本堂(慈恵堂)の北側にあります。(下写真)は慈恵堂脇から撮った庫裏です。)

庫裏・客殿・書院は、寛永15年(1638)の川越大火の際に喜多院の伽藍がほぼ全焼した際に、尊敬する天海大僧正のために、翌寛永16年に三代将軍徳川家光が江戸城の紅葉山の御殿を移築したとされています。
庫裏・客殿・書院は一体となっていて、拝観料を払えば拝観できます。ただし、内部の撮影は禁止されています。
〈庫裏〉(重要文化財)
庫裏の27畳の大きさの土間が拝観用の入口となっています。土間の天井がないため、見上げると豪快な小屋組が見えるようになっています。下写真は庫裏の入り口です。

庫裏には、母屋、食堂、それに玄関及び広間が付いています。母屋は、桁行(けたゆき)10間、梁間(はりま)4間となっています。食堂は裄行東4間、西3間、梁間3間あります。母屋の一部には中2階があります。
〈客殿〉(重要文化財)
客殿は無量寿殿とも呼ばれます。外観は桁行8間梁行5間の入母屋造柿葺(こけらぶき)屋根の立派な建物です。客殿の南と西には簀の子縁があり、庭に面しています。客殿・書院・庫裏は内部は撮影禁止ですが外部からは撮影が許されています。下写真は本堂(慈恵堂)との渡り廊下の途中から写したものです。

内部は東から10畳2室、17畳半2室、12畳半2室からなり、南側と西側に1間幅の畳廊下(入側縁)が付く。中央17畳半の座敷の仏間に本尊阿弥陀如来像が安置されています。後列西端の12畳半は、上段の間となっており、床の間、違棚を備え、天井は花模様が施された格天井(ごうてんじょう)となっています。言い伝えによると、将軍家光がここで生まれたということから、「家光誕生の間」と呼ばれています。
〈書院〉(重要文化財)
書院は、客殿の北東部分につながっています。桁行は6間で、梁行が5間、寄棟造柿葺(こけらぶき)屋根で一部を中二階となっています。
部屋は北側に8畳の座敷が2室、南側に12畳の座敷が2室あり、南と東に1間幅の畳廊下(入側縁)があります。北東の8畳には、床の間と脇床がついていて、北西の8畳は床の間と押入が付いた座敷となっています。これらの部屋は春日局の「化粧の間」と伝えられています。

