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名古屋城本丸御殿は寛永期の姿を鮮やかに復元したもの(名護屋城本丸御殿①)

名古屋城本丸御殿は寛永期の姿を鮮やかに復元したもの(名護屋城本丸御殿①)

 先月、所用があって名古屋に行ってきました。その際に、名古屋城を訪ねてきました。名古屋城は、もう何回も行ったことがありますが、今回は、名古屋城本丸御殿をじっくり見るためです。(下写真は本丸御殿脇から写した名古屋城天守)

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 名古屋城本丸御殿の歴史は、後で詳述しますが、江戸時代初期の寛永期に建築された本丸御殿は、昭和20年の戦災により焼失していました。しかし、焼失直前に襖絵の多くが避難されており、さらに戦前の資料が残されていました。そうした資料ももとにした復元計画が立てられ、工事の完成に応じて、2013年から2018年にかけて3期にわけて公開され、2018年に完全公開されました。そうして、四百年前の姿が鮮やかに復元されました。私は公開1年後の2019年に訪ねたことがありましたが、その時には時間がなく、じっくり見ることができず、残念に思い、いつかゆっくり見たいと思っていました。そこで、今回は、2時間ほど時間をかけてじっくりと見てきました。下写真は、本丸御殿玄関です。建物の奥に名古屋城天守が見えています。

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 名古屋城本丸御殿は、拝観料は無料です。そして、御殿内の写真はフリーですので、ここはと思う部分は思う存分写真をとることができます。

 本丸御殿は、まだ完成して間もないために、現時点では文化財としての価値はあまり高くないと思いますが、江戸時代の御殿建築がどのようなものかを知る点では、非常に貴重な建築物だと思います。

 本丸御殿では音声ガイドを100円で貸し出してくれます。私もこれを借りてみました。所要時間70分程度で非常に丁寧に解説してくれています。お陰でじっくり本丸御殿を堪能することができました。

これから御殿内を紹介していきますが、今回は写真を一杯撮ってきましたので一回では説明しきれません。そこで、これから34回にわたって紹介していこうと思います。第1回は、本丸御殿の歴史と本丸御殿迄の道順を紹介します。

《名古屋城本丸御殿の歴史》

 慶長5年(1600)関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は四男の松平忠吉を清須城主とする尾張を治めさせました。しかし、慶長12年(1607)松平忠吉が病死したため、代わって家康九男の徳川義利(義直)が清須城主となりました。

慶長15年(1610)閏23月に、新たに名古屋城の築城に着手し、8月天守台石垣完成しました。

慶長17年(1612)天守閣や諸門、櫓などの作事が完成し、この頃、本丸御殿の建築が始まり、慶長20年(16152月、本丸御殿が完成しました。

元和2年(1616)名占屋城に入った義直が居住することになりました。しかし、元和6年(1620)には本丸御殿は将軍用とするため、名古屋城主徳川義直とその家族は本丸御殿から二之丸御殿に移住しました。それ以降、本丸御殿は将軍の宿舎と使用され、寛永3年(16262代将軍饉川秀忠が上洛に際し宿泊しました。

寛永10年(1633)には、3代将軍家光の上洛に備え、上洛殿などの建設に着手し、寛永11年(1634)三代将軍徳川家光が上済に際して宿泊しています。

 しかし、その後、将軍の上洛は途絶え、本丸御殿は使用されることはありませんでした。

 明治になって名古屋城は陸軍省が所管するところとなり、本丸御殿は司令部として使用されたこともありました。明治26年に名古屋離宮となり宮内省が管理することとなりました。そして、昭和6年に名古屋市に下賜されました。この間も本丸御殿は維持されていましたが、昭和20514日の名古屋空襲で焼失してしまいました。その後、長い間、本丸御殿跡として空間が広がっているだけでした。それが現在は見事に復元されています。

《本丸御殿までの道筋》

 名古屋駅から本丸御殿まで地下鉄を利用する場合、市営地下鉄名城線 「名古屋城駅」下車 7番出口より徒歩 5分です。

 名古屋城駅7番出口が最も近いです。下写真は7番出口の写真ですが、外観が城門の形となっています。

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 7番出口を出て名古屋城に向かうと地下鉄出口の前が「金シャチ通り」の東門エリア宗春ゾーンとなって飲食店が並んでいます。下写真

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 東門が入場券販売所となっています。本丸御殿は拝観料無料ですが、名古屋城内に入場するために500円が必要です。下写真が東門です。9時開門でした。開門前に到着したので、まだ門も閉まっています。

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 東門から本丸御殿まで5分弱の距離、城内を歩きます。途中には、史跡がありますので、私が注目したものを順に紹介しておきます。

『尾張勤王青葉松事件之遺跡碑』

 青葉松事件とは、明治維新の際に、尾張藩の佐幕派とみられた人々が、処罰された事件です。尾張藩の重臣渡辺新左衛門ら3名は佐幕派とみられ、慶応4年(1868)正月30日に、当時二之丸のうちの藩公御殿の南側の「向屋敷」に引き出され斬首されました。そして翌日21日は4名、23日には2名、25日には5名と次々に評定所に引き出され斬首されました。この事件は尾張藩内の勤王派による佐幕派の弾圧事件とされていますが、真相はハッキリしていないようです。

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『名古屋城東南隅櫓』

本丸の南東隅に位置し、1612(慶長17)頃に建造されたもので重要文化財に指定されています。別名、辰巳隅櫓(たつみすみやぐら)とも呼ばれます。外観は二重櫓に見えますが、内部は3階になっているそうです。2階東面と南面には、三角形の小型の屋根である千鳥破風(ちどりはふ)と石落としがあり、三階東側の屋根は、弓なりになった軒唐破風(のきからはふ)となっています。

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『清正公石曳きの像』

東南隅櫓が見える場所に加藤清正の像が建てられています。築城の名人とされる加藤清正は、名古屋城の築造にあたって最も重要な天守台の石垣を担当し、熊本から約2万人の人足を連れてやってきて、3ヶ月ほどで工事を終えてしまったと伝えられているそうです。

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『本丸表二之門(南二之門)』

本丸に入る際に見えてくる高麗門は本丸表二之門です。本丸表二之門は昔は南二之門と呼ばれていました。当時の本丸大手の外門で、内門である表一之門と対になって桝形門をなっていました。

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本丸表一之門跡』

本丸表一之門は、外門である表二之門とともに枡形を形成していました。昔は南一之門と呼ばれていて、門は入母屋造・本瓦葺の二階建てだったようですが、昭和20年空襲により焼失したため、跡として残っているだけです。下写真は本丸御殿の玄関前から振り返って写した表一之門跡です。

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そして、表一之門跡をすぎると本丸御殿が見えてきます。下写真が本丸御殿玄関です。

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by wheatbaku | 2024-06-08 21:25 | 城下町

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