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本丸御殿上洛殿は家光上洛のために増築された(名古屋城本丸御殿④)

本丸御殿上洛殿は家光上洛のために増築された(名古屋城本丸御殿④)

 本丸御殿の最奥部にあるのが上洛殿です。この建物は、3代将軍徳川家光が上洛する際の宿泊施設として増築されました。徳川家光は、3回上洛しています。最初は、元和9年(1623)、将軍宣下を受けるため上洛しました。次いで寛永3年(16267月には後水尾天皇の二条城行幸のために再び上洛します。そして、寛永11(1634)に上洛しました。これ以降、  14代将軍家茂が上洛するまで将軍の上洛はありませんでした、この三度目の上洛の際、増築されたのが、本丸御殿で最も絢爛豪華な「上洛殿」です。家光は74日に名古屋に到着し名古屋城に2泊し、その後は大垣(岐阜)から中山道経由で京に向かっています。

 上洛殿は、上段之間、一之間、二之間、松之間、納戸之間の六部屋からなっていて、上段之間は15畳、一之間は18畳、二之間は22畳、松之間は20畳、納戸之間は10畳で、合計85畳の広さがあります。

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上洛殿は、家光の上洛の際の宿泊所として増築された建物ですので、室内の装飾は細部まで贅の限りが尽くされています。

 見学順路は、松之間から始まりますが、松之間は戸が閉められていて見学できませんでした。上洛殿の廊下は対面通行となっていて、三之間、二之間を眺めつつ上段之間まで進み、そこから、上段之間⇒一之間⇒三之間と見学するようになっています。納戸は公開されていませんでした。

 ここでは、見学順路に沿ってご案内します。

 上段之間は、家光が対面した部屋です。床の間・違い棚・帳台構(ちょうだいがまえ)・付書院が設けられた書院造りの部屋となっています。下写真は「名古屋城本丸御殿」から借用したものです。

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 この部屋に描かれている絵は狩野探幽によって描かれた「帝鑑図(ていかんず)」です。帝鑑図は、東側は帝鑑図(不用利口)、西側は帝鑑図(高士渡橋)、南側は帝鑑図(露台惜費)と呼ばれています。床の間に描かれているのは帝鑑図(遺倖謝相)つまり「まじめな家臣の意見を聞き入れ怠惰な寵臣を罰する話」が描かれています。

 本丸御殿には、帳台構が三つあります。表書院、対面所、上洛殿にそれぞれありますが、表書院、対面所の帳台構は扉があきませんが、上洛殿の帳台構は中央の二つの襖が開いて、その奥にある納戸とつながっています。家光が上洛して本丸御殿に宿泊した際には上洛殿の納戸が家光の寝所になったそうです。この帳台構に描かれている絵は帝鑑図(不用利口)と呼ばれています。(下写真)。「不用利口図」は,饒舌な者を重用しようとした漢の文帝を家臣が諫めたという話だそうです。

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一之間も帝鑑図で飾られています。北側(上段之間との境)の絵は帝鑑図(明弁詐書)と呼ばれていて、東側の絵は帝鑑図(褒奨守令)、南側は帝鑑図(高士)、西側は帝鑑図(蒲輪徴賢)と呼ばれています。下写真は東側の襖絵で帝鑑図(褒奨守令)です。「褒奨守令」は優れた地方官を惜しみなく厚遇する話だそうです。

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二之間は、「琴棋書画図(きんきしょがず)」の襖絵により飾られています。(下写真)琴棋書画図とは、中国で、文人が身につけるべきものとされた琴と碁と書と画の四芸を描いたもので、室町時代以後、掛け物・襖絵・屏風絵などに盛んに描かれました。

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三之間の四方には、春夏秋冬を表す花鳥図が描かれています。北側には春を表す「雪中梅竹鳥図」、西側には夏を表す「芦鷺瀑辺松樹図」、南側には秋を表す「柳鷺図」、東側には冬を表す「雪中竹林鳩雀図」が描かれています。下写真正面が「雪中梅竹鳥図」です。

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 この中で、「雪中梅竹鳥図」は狩野探幽の傑作とされています。下写真は拡大したものです。

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by wheatbaku | 2024-06-29 21:58 | 城下町

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