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新宿御苑は、高遠藩内藤家の下屋敷だったか?中屋敷であったか?(新宿御苑①)

新宿御苑は、高遠藩内藤家の下屋敷だったか?中屋敷であったか?(新宿御苑①)

久しぶりのブログ更新です。

来月、江戸の仲間が新宿御苑を探訪します。その案内を私がするわけではないのですが、現在、新宿御苑について調べています。そこで、新宿御苑についての話題をいくつか書いてみます。

新宿御苑について、ネット等で調べると多くの記事が高遠藩内藤家の下屋敷であったと書いてあります。私も、そうだと思っていました。私が下屋敷と思っていたのは、幕末の江戸切絵図で下屋敷を意味する●がついていたからです。(下図の右中央の内藤駿河守の左に●がついています。)

新宿御苑は、高遠藩内藤家の下屋敷だったか?中屋敷であったか?(新宿御苑①)_c0187004_20544235.jpg

    『国立国会図書館デジタルコレクション』より転載


しかし、新宿歴史博物館は、高遠藩内藤家の下屋敷というのは通称であり、正確には中屋敷であったという見解です。

ちなみに、ネットで見ることのできる新宿歴史博物館の常設展示解説シート⑲「江戸のくらしと内藤新宿(内藤家)」の中の「信州高遠藩内藤家の四谷下屋敷」の冒頭部分に「現在の新宿御苑が江戸時代において高遠藩(現在の長野県伊那市高遠町)の江戸下屋敷(「四谷下屋敷」と通称。正確には中屋敷)だった・・・・」と書いてあります。

新宿歴史博物館では、内藤家15代当主の内藤頼博氏の証言等から、新宿御苑は正確には中屋敷であったとしたようです。

江戸時代の大名武鑑には、大名の上屋敷・中屋敷・下屋敷の所在地についても記載されていました。そこで、私の手元にある『文化武鑑』(文化元年~四年・大名編)を見てみると、「内藤大和守頼以」の項(つまり高遠藩内藤家)は、上屋敷が小川町、中屋敷が四谷内藤宿、下屋敷が「しぶや」と書かれています。

これを見ると、新宿歴史博物館の見解のように見ることもできると思います。

一方で『諸向諸向地面取調書』という史料があります。これは、幕府の役職である「屋敷改」が編集した「諸屋敷帳」を元に安政3(1856)に一覧にしたものですが、国立公文書館デジタルアーカイブで見ることができます。

この『諸向地面取調書』を見ると、下屋敷は、「四谷内藤新宿」と「下渋谷」と書かれています。つまり、新宿御苑は下屋敷となっています。(下図の赤字部分)

新宿御苑は、高遠藩内藤家の下屋敷だったか?中屋敷であったか?(新宿御苑①)_c0187004_20583988.png
            『国立公文書館デジタルアーカイブ』より転載

幕府の公式文書『諸向諸向地面取調書』では新宿御苑を下屋敷としている一方、高遠藩では中屋敷と認識しています。また、江戸市中の本屋須原屋が発行していた「武鑑」では中屋敷としている一方、尾張屋が発行した「切絵図」では下屋敷としています。

このように江戸時代でも様々な捉え方をしています。従って、新宿御苑が江戸時代に下屋敷であったか中屋敷であったかは一概に断定できませんので、下屋敷としても間違いでないし、中屋敷としても間違いではないと私は考えます。


ところで、『文化武鑑』によれば、上屋敷は小川町にあるとのことなので、尾張屋の切絵図で確認したところ、文久3年(1863)の切絵図に内藤大和守の上屋敷が確認できました。(下図の赤印) 現在、駿河台下の交差点の西側に三省堂書店神保町本店がありますが、駿河台下交差点の南側一帯が上屋敷でした。なお、下記切絵図は南が上になっています。

  
新宿御苑は、高遠藩内藤家の下屋敷だったか?中屋敷であったか?(新宿御苑①)_c0187004_20544244.jpg
『国立国会図書館デジタルコレクション』より転載

 また、下屋敷は「しぶや」にあるということなので、こちらも切絵図で探しましたが、下屋敷は切絵図からは確認できませんでした。しかし、新宿歴史博物館刊行の『内藤清成と高遠内藤家展』の図録を見ると、元禄11年に四谷屋敷を上地(返納)した代地として下渋谷に4500坪余りの土地を拝領していて、嘉永元年(1848)に上地(返納)しているようです。私がみた切絵図は安政4年(1857)のものですので、切絵図に記載されていないのと思われます。
そこで、下渋谷の下屋敷がどこにあったか調べた結果、現在の恵比寿ガーデンプレイスの東側にあったようです。




by wheatbaku | 2025-04-26 10:33 | 江戸の庭園

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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