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2012年 05月 28日 ( 1 )
築地散歩
 土曜日に、毎日文化センターの受講生の人たちと築地を散歩してきましたので、その一部を紹介します。

 土曜日は次のコースを歩きました。
 芥川龍之介生誕の地 ⇒ 浅野内匠頭藩邸跡 ⇒ アメリカ公使館記念碑 ⇒ トイスラー記念館 ⇒  慶応義塾発祥の地碑 ⇒ 蘭学事始の地碑 ⇒ 築地教会 ⇒ 指紋研究発祥の地碑 ⇒ 塩瀬総本家 ⇒  アメリカ公使館跡 ⇒ 運上所跡 ⇒ 電信創業の地 ⇒ 月島の渡し跡 ⇒ 勝鬨橋 ⇒ 軍艦操練所跡 ⇒ 波除稲荷神社 ⇒ 海幸橋 ⇒ 海軍兵学寮跡碑 ⇒ 桂川甫周屋敷跡 ⇒ 築地小劇場跡 ⇒ 築地本願寺

【浅野内匠頭藩邸跡】
 築地散歩のメインが浅野内匠頭藩邸跡です。
築地散歩_c0187004_1017465.jpg 現在は聖路加看護大学となっています。
 古地図を見ると、浅野又一と書かれています。又一とは浅野内匠頭のことです。
 浅野家の屋敷は約9千坪ありました。
 鉄砲洲の屋敷は上屋敷で、下屋敷は赤坂にあり、1400坪ほどの広さがありました。
 松の廊下の刃傷事件を起こしたあと、藩邸は幕府に収公されましたが、3日間で滞りなく処理をし、江戸っ子の喝采をあびたと伝えられています。
 四十七士が討ち入りをした後、泉岳寺へ引き上げる途中で、この上屋敷の近くを通ったことは有名です。


【築地本願寺】 
 「築地本願寺」は、正式には「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」と言います。
築地散歩_c0187004_10172739.jpg 創建は、元和3(1617)年、西本願寺の別院として、第12代門主准如上人によって建立されました。

 当時、浅草近くの横山町【実際は日本橋に近い】にあったことから「江戸浅草御坊」と呼ばれていましたが、明暦3年(1657)、歴史的に有名な振袖火事で焼失してしまいました。
 しかし大火後の幕府の都市計画により、旧地への再建が許されず、その替え地として指示されたのが八丁堀の海上でした。
 そこで佃島の門徒が中心になり、本堂再建のために海を埋め立てて土地を築き、延宝7年(1679)に再建。「築地御坊」と呼ばれるようになりました。
 尚、このときの本堂は、正面 が西南(現在の築地市場)を向いて建てられていました。

 その後、関東大震災で崩壊した本堂の再建では、東京帝国大学工学部教授であった伊東忠太の設計によりインド様式の外観を持った建物が昭和9年に落成しました。
 伊東忠太は、昭和18年に建築界ではじめて文化勲章を受章しました。
 作品では、東京都慰霊堂、湯島聖堂などがあります。
 この建物は、外観はインド様式の石造りとなっていますが、本堂内は伝統的な真宗寺院の造りになっています。

【間新六の墓】 
 築地本願寺の西北の一画に酒井抱一、森孫右衛門などの有名人の墓地があります。
 その中に、赤穂浪士の一人間新六の墓があります。
築地散歩_c0187004_10174379.jpg 間新六は、本懐を遂げて本所松坂町の吉良邸から高輪泉岳寺へ引き揚げる途中、持っていた手槍に金子50両を結びつけ、自身の供養料として本願寺の塀外から寺内に投げ込んだと伝えられています。
 間新六は、長府毛利甲斐守の邸に預けられ、元禄16年(1703)2月4日、24歳の若さでこの世を去りました
 当時の切腹は形式的で、実際に腹は切らず、切腹の座につき短刀に手をかけたところで介錯人が首を落としたそうです。
 しかし、新六は、短刀を手に取って腹に突き刺し、実際に切腹したそうです。
 新六の遺骸は、姉婿が築地本願寺に葬ったので、本願寺に墓があると書いてあるものもありました。
 しかし、 この説について詳しく調べている訳ではありませんが、間新六は、父喜兵衛と兄十次郎とともに討ち入りしていますので、姉婿が新六一人だけをなぜ本願寺に葬ったのだろうという疑問が個人的にはあります。
by wheatbaku | 2012-05-28 10:24
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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