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2013年 03月 06日 ( 1 )
中之橋と一之橋(三田散歩6)
 今日は、中之橋と一之橋について書いてみます。
 中之橋と一之橋は古川に架かる橋です。古川は上流では渋谷川と呼ばれ、港区に入ると古川と呼ばれます。

【中之橋】
 昨日の元神明宮から北に 200メートルほど歩くと中之橋に出ます。
 中之橋は古川にかかる橋で、赤羽橋と一之橋の中間にあります。
中之橋と一之橋(三田散歩6)_c0187004_819743.jpg ここで、アメリカ初代公使ハリスの通訳をしていたヒュースケンが襲われました。
 ヒュースケンは、当時、幕府とプロシアの交渉に通訳として協力していました。
 万延元年(1861)12月4日にプロシア使節の宿舎であった赤羽接遇所から、自分の宿舎の善福寺へ帰える途中、「中之橋」付近で攘夷派の薩摩藩士、伊牟田尚平(いむたしょうへい)らに襲われ、翌日死去しました。
 28歳という若さでした。

 中之橋とヒュースケン襲撃事件については以前書いたブログをご覧ください。
 → 「光林寺とヒュースケン(幕末の公使館③)」

【一之橋】
 中之橋の上流に架かっている橋が一之橋です。地下鉄の「麻布十番」駅のすぐ近くです。
 この一ノ橋で、浪士組の清河八郎が暗殺されました。 
中之橋と一之橋(三田散歩6)_c0187004_8193220.jpg 清河八郎は将軍守護を名目に浪士組を結成し京都まで行きますが、攘夷実行が本当のねらいだと暴露したため、幕府ににらまれ、浪士組は江戸に返されます。
 江戸に戻った後、浪士組を動かし攘夷を実行しようとしますが、幕府を裏切ったため、幕府からにらまれ、命も狙われるようになりました。
 そして、文久3年4月13日、一ノ橋の西にあった上山(かみのやま)藩邸の金子与三郎を訪ねた帰り道で、幕府の刺客佐々木只三郎など6名によって一ノ橋で討たれました。
 清河八郎の経歴は、過去に書いていますので、下記のブログをご覧ください。
  「浪士組と清河八郎」
  「浪士組と清河八郎②」
 そこに書いていない点を二つほど書きます。
 清河八郎が一之橋を通り過ぎたのは、上山(かみのやま)藩の金子与三郎を訪ねた帰りです。
 清河八郎が命を狙われていることを同志たちは知っていたため、金子与三郎を訪ねるのを必死に引き留めました。
 しかし、その忠告にもかかわらず清河八郎は、金子与三郎を訪ねています。
 また、当日、朝風呂に入っていることや知人の高橋泥舟の家で辞世めいた和歌を書き残していることなどから襲撃されることを覚悟した上で出かけたのではないかという説を主張する人もあるようです。
 
 佐々木只三郎などにより斬られた清河八郎の遺体は、一之橋の東たもとにあった大和郡山藩柳沢家の下屋敷前に置かれ、郡山藩の藩士が見張っていました。
 そこに虎尾の会の同志であった石坂周蔵が到着し、石坂は清河が親の仇だと偽って遺体に近づき、清河八郎の首を奪い取りました。
 その首は山岡鉄舟の家に保管され、その後、伝通院の塔頭の処静院に葬られました。
 現在、清河八郎の墓は、伝通院の墓地にあります。墓碑銘は、山岡鉄舟の筆によるものとのことです。
 清河八郎は、暗殺されるのを覚悟していたという見方もあるようです。

 なお、清河八郎が中心となって結成した「虎尾の会」は尊王攘夷党であり、「虎尾」とは「書経」の「心の憂慮は虎尾を踏み、春氷を渡るごとし」より起った言葉で、「危険を犯す」という意味のようです。
 主なメンバーは幕臣の山岡鉄舟(鉄太郎)や松岡万、薩摩藩士の伊牟田尚平・神田橋直助・益満休之助、彦根藩士の石坂周造など
でした。

赤印が中之橋です。青印が一之橋です。

by wheatbaku | 2013-03-06 07:26 | 大江戸散歩
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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