2018年 08月 09日 ( 1 )
千姫のお墓(江戸のヒロインの墓②)

千姫のお墓(江戸のヒロインの墓②)

 ヒロインたちのお墓の2回目は、千姫のお墓をご案内します。

 千姫のお墓は、小石川伝通院にあります。伝通院は、「でんつういん」ではなく「でんづういん」と濁ります。

 下写真は、伝通院の山門です。

 

c0187004_22024204.jpg

 伝通院は、東京メトロ茗荷谷駅から徒歩で約15分、また、茗荷谷駅前のバス亭から伝通院前のバス停まで都バスを利用する方法もあります。

 

 伝通院は、元々は、徳川家康の母於大の方の菩提寺ですので、於大の方のお墓もありますが、於大の方は、江戸検お題テキスト「江戸のヒロインたち」には記載されていないので、まず千姫のお墓をご紹介します。

 千姫のお墓は、伝通院の本堂の西側に広がっている墓域の北側にあります。於大の方のお墓は本堂西側にありますが、それより一段低くなった場所の一画に千姫のお墓があります。

c0187004_22021053.jpg

 石の囲いの中にある千姫のお墓は、五輪塔の巨大なお墓で、表面には天樹院栄誉源法松山大禅尼と刻まれています。(下写真)

c0187004_22014135.jpg

 千姫は、2代将軍秀忠の長女です。

 母親は、お江(崇源院)です。

 千姫は慶長2年(1597)に、伏見で生まれました。この頃は、豊臣秀吉が生きており、江も江戸でなく伏見にいたのでした。

 慶長8年(1603)7歳の千姫は11歳の秀頼と結婚しました。

 二人は、母親が姉妹でしたので、従兄妹同志でした。

 

 家康が豊臣氏を攻めた大坂冬・夏の陣に千姫は大坂城にこもっていましたが、元和元年(1615)5月、落城の前夜脱出し、家康の陣営に戻り、二条城に戻り、伏見に入り、7月晦日に伏見をたち江戸に移りました。阿茶局をはじめ侍女数百人が付き添い、安藤対馬守重信が護衛していました。

 大坂城脱出の際、家康が「千姫を救い出したものに千姫を与える」と言ったのを聞いた坂崎出羽守直盛が城内に入り救出してきましたが、千姫は本多忠刻に嫁いだので、騒動を起こし、殺害されたとされています。しかし、これには異説もあるようです。

 千姫は、元和2年、伊勢桑名城主本多忠政の長子忠刻(ただとき)に再嫁しました。千姫20歳、忠刻21歳でした。

 本多忠刻は、徳川四天王の一人本多忠勝の孫になります。また、忠刻の母は徳川家康の長子松平信康の次女国姫でした。つまり、家康の曾孫でもあります。千姫と本多忠刻とが結婚したのは、こうした縁もあったと思われます。忠刻との再婚に当たって、千姫には化粧料10万石が与えられました。

 元和3年に本多忠政が姫路へ転封となったので忠刻とともに姫路城に住むこととなりました。姫路城西の丸に現在も残る化粧櫓は、千姫の化粧料で建てられたためについた名前とされています。

 千姫と忠刻との間には勝姫と幸千代が産まれましたが、長男幸千代が3歳で病気で亡くなり、さらに忠刻も病に倒れ、寛永3年(1626)、31歳という若さで亡くなりました。

 その時30歳の千姫は剃髪して天樹院と称し、勝姫とふたたび江戸城に戻り、勝姫と二人で江戸城内の竹橋御殿に住みました。

寛永5年(1628)に勝姫は池田光政の元へ嫁ぎ、千姫(天樹院)は一人暮らしとなりました。

 ところで、忠刻がなくなった後、江戸に戻った千姫は乱行をほしいままにし、多くの美男を誘い込んで、遊蕩三昧の一生を送ったという話もあります。

 「吉田通れば二階から招く、しかも鹿の子の振り袖で」という俗謡は、千姫の乱行をうたったものと言われています。

 しかし、これはまったく根拠のない話であると言われています。

 

 正保元年(1644)には、3代将軍家光の側室のお夏の方が三男綱重を懐妊しました。

 この時、家光は40歳の厄年でした。当時は厄年に生まれた子供は親に災禍をもたらすと信じられていたため、生まれる前から姉千姫(天樹院)の養子とされ、お夏も懐妊中から竹橋門内の天樹院の屋敷に移され、長松もそこで生まれました。そのため、その後は、お夏の方と綱重と暮らすようになります。

後に、千姫は、竹橋御殿から飯田町御殿に移りましたが、この飯田町御殿は、明暦3年(1657)の明暦の大火で類焼しています。

 明暦の大火の9年後の寛文6年(1666)2月6日に、千姫は、飯田町御殿で70歳でなくなりました。

 葬儀は、千姫(天樹院)が養母となっていた徳川綱重が執り行ったそうです。

 

 ところで、「江戸のヒロインたち」に、縁切寺として有名な満徳寺と東慶寺は、千姫により縁切寺となったと書いてあります。

 東慶寺は、秀頼の娘千代姫(天秀尼)の助命を願い、東慶寺へ入れて庇護したことによるとされています。

 一方、満徳寺は、千姫自身が入寺し、豊臣家との縁を切り、再婚したことから縁切寺となったと書いてあります。

これについて、本当に千姫が入寺したのか疑問に思いましたので、調べました。

国史大辞典の「満徳寺」と「縁切寺満徳寺」のホームページによれば、千姫本人は入寺せず、身代わりとして俊澄上人(しゅんちょうしょうにん)が入寺し満徳寺中興開山と称されたとされています。

やはり、千姫自身は、満徳寺には入寺していませんでした。

赤印が伝通院です。







[PR]
by wheatbaku | 2018-08-09 22:00 | 江戸のヒロイン
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
プロフィールを見る
画像一覧
以前の記事
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
最新のコメント
ツユクサさん 江戸城散..
by wheatbaku at 12:53
獏様 江戸城散策、お疲..
by ツユクサ at 08:26
宮越さん コメントあり..
by wheatbaku at 11:42
今回のブログで、霊厳寺が..
by 宮越重遠 at 10:51
やぶひびさん 本妙寺は..
by wheatbaku at 13:05
「江戸から東京へ1」を図..
by やぶひび at 09:30
ツユクサさん 土曜日は..
by wheatbaku at 21:00
獏さん 案内お疲れ様で..
by ツユクサ at 11:10
小ツルさん 「むさしあ..
by wheatbaku at 09:50
バクさま、加州そうせい公..
by 鶴ヶ島の小ツル at 16:57
加州そうせい公様 私も..
by wheatbaku at 07:34
バクさん 昨日の江戸楽..
by 加州そうせい公 at 17:31
mikawaさん 先日..
by wheatbaku at 12:55
宮越さん コメントあり..
by wheatbaku at 09:03
宮越さんからコメントをい..
by wheatbaku at 09:00
mikawaです。先日は..
by mikawa ケンイチ at 08:17
ツルさん 名古屋に住ん..
by wheatbaku at 16:18
獏さま ははあ、あの石..
by 鶴ヶ島の小ツル at 15:20
やぶひびさん NHKB..
by wheatbaku at 17:54
今夜3/3.20:00~..
by やぶひび at 12:49
最新のトラックバック
『西郷どん』、恋愛ごっこ..
from Coffee, Cigare..
各合戦の動員人数について..
from Coffee, Cigare..
天ぷらの歴史 (天麩羅処..
from グドすぴBlog
天ぷらの歴史 (天麩羅処..
from グドすぴBlog
天ぷらの歴史 (天麩羅処..
from グドすぴBlog
再出発が始まる
from 哲学はなぜ間違うのか
穴八幡宮
from Coffee, Cigare..
風景印  28.4.30..
from としちゃんの風景印・郵趣日誌
山王日枝神社@溜池山王
from たび☆めし☆うま BLOG
浮世絵の誕生・浮世絵の歴..
from dezire_photo &..
お気に入りブログ
江戸・東京ときどきロンドン
ファン
ブログジャンル
歴史