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「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩」目黒駅編

「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩」目黒駅編

 昨日は、毎日文化センターの「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩」があり、目黒駅から目黒不動尊周辺の史跡を案内してきました。

 昨日は、雨が降りそうな曇り空でしたが、皆さんの心がけがよかったのでしょう、最後まで雨に降られることなく、楽しい散歩となりました。

 ご参加いただいた皆さんありがとうございました。

昨日の散歩コースは次のコースでした。

 目黒駅 ⇒ 行人坂 ⇒ 大円寺 ⇒お七の井戸 ⇒ 太鼓橋 ⇒ 蟠龍寺 ⇒ 青木昆陽の墓 ⇒ 海福寺 ⇒ 五百羅漢寺 ⇒ 目黒不動尊(龍泉寺) ⇒ 成就院 ⇒ 行元寺

主な散歩先をスナップでご紹介します。

大円寺

 大円寺は、行人坂の南にある山手七福神の一つ大黒様で有名です。

大円寺さんのお坊さんに、通常では見られないお堂の中を特別にご案内いただきました。

下写真は、阿弥陀三尊像のほか、お七地蔵などもお祀りされている阿弥陀堂でのご説明の様子です。

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また、大円寺は、江戸三大大火の一つ行人坂の火事の火元となったお寺です。

行人坂の火事でなくなった人たちを供養する五百羅漢がありますが、その前でもご説明をしていただきました。

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青木昆陽の墓

青木昆陽のお墓は、目黒不動尊の墓地の中にあります。

青木昆陽は、生前に自分で「甘藷先生墓」と書いたお墓をたてていました。

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海福寺

 海福寺は黄檗宗のお寺で、江戸時代には本所にありました。

 文化4年に永代橋が落橋し大勢の人々が亡くなる大惨事がありました。

 その際に身元不明の人々が海福寺に埋葬され、百日忌と五十回忌に建立された供養塔があります。

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目黒不動尊

 目黒不動尊は、正式な名称は瀧泉寺といいますが、その寺号の由来となったのが独鈷の瀧です。先日の大河ドラマ『西郷どん』でも紹介されました。

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 独鈷の瀧、前不動堂、鷹居の松などの説明のあと、目黒のお不動様にお参りしていただきました。下写真は、お参りのため、本堂の階段を登る参加者の皆さんです。

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成就院

 成就院は蛸薬師として知られたお寺です。

 ここには、会津藩藩祖の保科正之のお母さんが、子供の懐妊のお願い・生まれた正之の無事な成長のお願い・そして高遠藩主となったお礼をこめた「お静地蔵」が祀られています。

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by wheatbaku | 2018-04-15 10:47 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」募集中
「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」募集中

 毎日文化センターで開講する「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」の参加者を募集中です。
 詳細はこちらです。

   
「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」 開講
 のお知らせ

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by wheatbaku | 2018-03-18 19:28 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」開講のお知らせ
「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」 開講の
 お知らせ

今日は、毎日文化センターで開講する「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」のご案内です。

「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」は、山手線各駅に集合して、そこを起点にして各駅周辺の江戸ゆかりの史跡を散歩する毎日文化センター主催の講座です。

この散歩を始めたのは、一昨年の10月からです。これまで、品川、大崎、五反田、池袋、大塚、巣鴨、駒込、田端の各駅周辺の史跡散歩を楽しんできました。

今回は第3ステージで、目黒駅、西日暮里駅、恵比寿駅をスタートとして、各駅の周辺の江戸ゆかり史跡を散歩したいと思います。
 各駅ごとに完結している散歩ですので、今からのご参加でも、十分楽しめる散歩です。

ご希望の方は、最下段の【申込書送付依頼】をクリックしてお名前等をお知らせください。

今回の散歩のスケジュールは次の通りです。
1、日程、集合場所、主な散歩場所

4月14日(土)
  〈集合場所〉JR山手線目黒駅中央改札口前
  このコースは、目黒の御不動様を中心にその周辺の寺々を回り
  ます。

【主な散歩場所】大円寺、五百羅漢寺、目黒不動、成就院、行元寺

5月12日 (土)

〈集合場所〉JR山手線西日暮里駅 改札口前(改札口は一つだけ)
 
 このコースでは、山岡鉄舟のお墓のある全生庵など谷中周辺の寺々
  を回ります。
  【
主な散歩場所】諏訪神社、本行寺、観音寺、全生庵、大円寺

6月9日(土)

〈集合場所〉JR山手線恵比須駅 東口改札口前
  このコースでは、黒田長政のお墓のある祥雲寺など広尾の寺々を回
  ります。
最後はヱビスビール記念館です

【主な散歩場所】東北寺、祥雲寺、有栖川宮記念公園、光林寺、
   ヱビスビール記念館

2、集合時間   毎回13時30分です。
3、受講料    9,720円 (税込・3回分) 
         ※交通費などは各自負担
4、保険料    423円(@141円×3回分)

 


【申込書送付依頼】

 ↑ こちらをクリックすると「申込書送付依頼」のページが
   表示されます。 必要事項を入力し送信して下さい。

【目黒不動尊本堂】

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【全生庵の山岡鉄舟のお墓】
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【祥雲寺の庫裏】
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by wheatbaku | 2018-02-28 20:01 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩⑧」田端駅編

「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩⑧」田端駅編

昨日は、毎日文化センターの江戸散歩講座「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」がありました。

 この江戸散歩は、山手線の各駅をスタート地点として、駅周辺の江戸にゆかりの史跡を訪ね歩くもので、この秋は、第2ステージに入っています。昨日は、田端駅を出発して谷中七福神を散歩してきました。

 昨日は、今季最大の寒波襲来ということで厳重な防寒対策をして散歩を始めましたが、気温は低いものの風がまったくなく快晴のもとでの散歩となり、快適な散歩となりました。ご参加いただいた皆さんお疲れ様でした。下写真は、スタートの東覚寺での説明風景です。

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昨日のコースは次の通りです。(赤字が谷中七福神です。)

田端駅 ⇒ 東覚寺(福禄寿) ⇒ 与楽寺 ⇒ 向陵稲荷と開成高校 ⇒ 青雲寺(恵比寿) ⇒ 修性院(布袋) ⇒ 谷中銀座(休憩) ⇒ 天王寺(毘沙門天) ⇒ 長安寺(寿老人) ⇒ 観音寺築地塀 ⇒ 自性院(愛染寺) ⇒ 護国院(大黒天) ⇒ 上野公園(黒田記念館、博物館動物園駅跡、さくらぎばし跡、藤堂家墓所、上野動物園旧正門、お化け燈籠、時の鐘、花園稲荷神社、五条天神社) ⇒ 不忍池弁天堂(弁才天)

谷中七福神については、先日にこのブログに書きましたので、今日は、それ以外の案内場所を紹介します。

東覚寺の赤紙仁王

谷中七福神の福禄寿をお祀りしている東覚寺で有名なのが、門前の赤紙仁王です。

石造金剛力士立像は、全身に赤紙が貼られているので、通称赤紙仁王とも呼ばれています。

寛永18(1641)、宗海というお坊さんが願主となって江戸市中に流行していた疫病を鎮めるために造ったと伝えられています。

身体の悪い人が、悪い部分に赤紙を貼って祈願すれば、病気が回復すると信じられ、現在も、なお、祈願する人が多く、赤紙が一杯貼られていて、元の仁王様の姿がみえません。(下写真)

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与楽寺

与楽寺は、江戸六阿弥陀の一つで、六阿弥陀4番として知られています。阿弥陀様は、阿弥陀堂に安置してあります。門前には、向かって左側に「六阿弥陀第四番与楽寺」と刻まれた石柱があります。

また、ご本尊は地蔵菩薩像ですが、弘法大師作といわれ、「賊除け地蔵」と呼ばれています。現在は秘仏になっていますが、むかし、この寺に、ある夜盗賊が押し入りましたが、多くの僧が出て来て、賊を追い払ってしまいました。翌朝ご本尊のお地蔵様の足が汚れていたので、お地蔵様が僧となって盗賊を追い出したのだと信じられるようになりました。それ以来、御本尊様は、「賊除け地蔵」と呼ばれるようになりました。下写真は、本堂まで説明を聞かれる参加者の皆さんです。

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滝沢馬琴の筆塚
 青雲寺は、谷中七福神の「恵比寿様」をお祀りしています。

境内には、滝沢馬琴の筆塚の碑、硯塚の碑、日暮里船繋松の碑があります。

硯の形をしている硯塚は、本堂前の植え込みにあり、寛政10年(1798)に建てられたものです。裏面に「春の雪 跡や煙の 麦畑」の句が刻まれています。

滝沢馬琴の筆塚は、馬琴が残した多量の使い古しの筆を供養するため、文化6年(1809)に建てたものです。 筆塚脇の説明文には「この碑には、建立の由来、馬琴の生い立ちと業績が記されていて、国学・漢学・考証学者で有名な狩谷棭斎が額字の『瘞聿冢名(ふでをうずめしつかのめい)』を書き、由来は儒学者亀田鵬斎が撰文して筆をとった」と書いてあります。下写真は、筆塚での説明を聞かれる参加者の皆さんです。

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観音寺の築地塀
 谷中を代表する風景に観音寺の築地塀があります。

観音寺の築地塀は、観音寺の境内の南端にある江戸時代に築造された土塀です。土と瓦を交互に積み重ねて作った土塀に屋根瓦をふいたものでいわゆる「練り塀」と呼ばれています。長さは約38mあります。平成4年に「台東区まちかど賞」を受賞しました。

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自性院(愛染寺)
 自性院は、本堂に安置した愛染明王像で知られ、江戸時代中期頃から別名愛染寺といわれました。非公開の愛染明王像は、寺伝によれば、江戸時代中期の頃の御住職が境内の楠を切り彫刻した高さ1メートルの像で、像内には、御住職が高野山参詣のとき、奥院路上で拾った小さな愛染明王が納められていると伝えられているそうです。

愛染明王は、特に縁結び、家庭円満の仏様で、川口松太郎は、ここの愛染明王像と本堂前にあった桂の古木にヒントに『愛染かつら』を創作したと言われています。

御住職のお話によると、川口松太郎は、小説家津村京村の法事の際に自性院を訪れた際に、御本尊右手にあった愛染明王と本堂前の桂の木を知ったのがきっかけだそうです。。映画『愛染かつら』では、自性院は谷中の『エイホウ寺』として描かれています。

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上野動物園旧正門と藤堂家墓所

 下の写真で参加者の皆さんが、門の柵越しに何かをみています。

実は、柵越しに津藩藤堂家の墓地をみているのです。

手前の門は「上野動物園旧正門」で、明治44年に建てられたものです。  

上野動物園の中を柵越しに見ると、先に大きな古いお墓が見えます。

それが、藤堂高虎はじめてとする藤堂家累代のお墓です。

上野動物園はもともと藤堂高虎の下屋敷に建てられた藤堂家の菩提寺「寒松院」があった場所に開設されました。そのため、藤堂高虎のお墓で上野動物園の中にあります。

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不忍池弁天堂
 谷中七福神の最後、不忍池弁天堂に着いたのは夕闇が迫るころになりました。

不忍池弁天堂は、寛永年間に、天海大僧正によって建立されました。

天海大僧正は、「見立て」という考えによって、さまざまなお堂を京都周辺にある神社仏閣に見立てて、寛永寺を新しく創りました。

自然の池であった不忍池を琵琶湖に見立て、また元々あった小さな島を竹生島に見立て、竹生島の「宝厳寺(ほうごんじ)」に見立てたお堂を建立しました。

琵琶湖と竹生島に見立てられていたため、当初は弁天堂に参詣するにも船を使用していましたが、参詣者が増えるにともない江戸時代に橋がかけられました。 

御本尊の弁才天は秘仏で、年に一度だけ、9月の巳成金(ミナルカネ)大祭(2018年は9月22日)に開帳されます。

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この後、恒例の懇親会を上野で行って、家に帰りついたのは10時を回っていました。

散歩および懇親会にご参加いただいた皆さん、お世話になりました。ありがとうございました。


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by wheatbaku | 2018-01-14 10:56 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩⑦」駒込駅編

「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩⑦」駒込駅編

昨日は、毎日文化センターの江戸散歩講座「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」がありました。

 この江戸散歩は、山手線の各駅をスタート地点として、駅周辺の江戸にゆかりの史跡を訪ね歩くもので、この秋は、第2ステージに入っています。昨日は、駒込駅を出発して染井・西ヶ原まで散歩してきました。

 昨日は、気温は低いものの風もなく快晴のもとでの散歩となり、快適な散歩を受講された皆さんと楽しんできました。ご参加いただいた皆さんお疲れ様でした。

 下写真は、旧古河庭園の洋館ですが、まさに雲一つない快晴でした。

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 昨日は駒込駅に集合し駒込駅に戻る次のようなコースで散歩してきました。

 駒込駅 ⇒ 染井通り ⇒ 旧丹羽家腕木(うでき)門と蔵 ⇒西福寺(伊藤政武の墓、伊達慶邦公墓址記念碑) ⇒ 染井稲荷神社 ⇒ 無量寺(六阿弥陀)⇒  旧古河庭園 ⇒ 平塚神社 ⇒ 城官寺(山川城官の墓、多紀家墓所) ⇒ 妙義神社 ⇒ 駒込駅

主なご案内箇所の紹介をしていきます。

〔旧丹羽家腕木(うでき)門〕

旧丹羽家は染井を代表する植木職人として活躍した家です。

旧丹羽家の門は、言い伝えによれば、染井通りをはさんで向かい側にあった津藩藤堂家下屋敷の裏門を移築したといわれています。

 門は、腕木と呼ばれる梁で屋根を支える腕木門と呼ばれる形式で、簡素な構造ですが、格式の在る門で、豊島区指定有形文化財となっています。

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〔伊藤政武墓〕

伊藤政武は、通称伊藤伊兵衛と呼ばれた染井の有名な園芸家です。

伊藤家は代々伊兵衛を名乗り、近くの伊勢津藩藤堂家の下屋敷に出入りして、庭の世話をしているうちに植木屋となり、江戸第一の植木屋となりました。

伊藤政武は、伊藤伊兵衛の4代目で、将軍家の御用植木師となり江戸城にも出入りして江戸城内の植木も管理していて、徳川実紀には8代将軍吉宗の世子家重の御成りの記録も残されています。

政武は号を樹仙といい、墓標には「樹仙浄観信士」と刻まれています。

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〔無量寺〕

無量寺の御本尊様はお不動様ですが、本堂中央に、阿弥陀如来坐像が安置されていて、江戸六阿弥陀三番目として知られています。

江戸六阿弥陀詣というのは、行基菩薩が彫ったとされる六ヶ寺の阿弥陀様をお参りするもので、江戸っ子は春と秋の彼岸に極楽往生を願い、花見や紅葉狩りを楽しみながら各所の阿弥陀如来を巡拝していました。

門前に「六阿弥陀三番目」と書かれた石柱がたっています。

下写真は、門前の石柱の前で説明を聞く参加者の皆さんです。

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〔旧古河庭園〕

旧古河庭園は、元々は明治時代に外務大臣を勤めた陸奥宗光の別邸があったところです。陸奥宗光の次男潤吉が古河財閥の創業者である古河市兵衛の養子となったことから古河家の所有となりました。

潤吉の死後、跡を継いで3代目当主となった市兵衛虎之助により、大正6年、現在まで残る洋館と庭園が造られました。

最上段写真の洋館と洋風庭園はジョサイア・コンドルの設計によります。

西洋庭園より一段と低い場所にある日本庭園は京都の著名な庭師小川治兵衛によって作庭されましたものです。

旧古河庭園は、洋館が大変有名ですが、下写真のように日本庭園も大変見ごたえがあります。

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〔平塚神社〕

平塚神社の創建は平安後期といわれています。

八幡太郎源義家が奥州征伐(後三年の役)の凱旋途中にこの地を訪れ領主の豊島近義に鎧一領を下賜し、豊島近義は拝領した鎧を地中に埋め塚を築き自分の城の鎮守とし

さらに豊島近義は社殿を建てて源義家・義綱・義光の三兄弟を平塚明神として祀り一族の繁栄を願いました。

甲冑を埋めた塚は高さがないために平塚ともよばれ、それが平塚の名前の由来となりました。

平塚神社の銀杏は、まだ黄葉まっさかりで見事でした。

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ご参加いただいた皆さん、お疲れ様でした。


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by wheatbaku | 2017-12-10 12:50 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩⑥」巣鴨駅編

「~山手線一周~駅から気ままに江戸散歩⑥」巣鴨駅編

 

昨日は、毎日文化センターの江戸散歩講座「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」がありました。
 この江戸散歩は、山手線の各駅をスタート地点として、駅周辺の江戸にゆかりの史跡を訪ね歩くもので、この秋は、第2ステージに入っています。昨日は、巣鴨駅を出発して西巣鴨から飛鳥山まで散歩してきました。

晴天の下、参加された受講者の皆さんと楽しく散歩できました。

下写真は、飛鳥山公園にある飛鳥山碑での説明の様子です。

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昨日のコースは、次の通り、西巣鴨の寺町を中心に飛鳥山までご案内しました。

 巣鴨駅 ⇒ 眞性寺(六地蔵) ⇒ 高岩寺(とげぬき地蔵) ⇒ 庚申塚 ⇒ 西方寺(万治高尾の墓)⇒ 盛雲寺(新門辰五郎の墓)⇒ 妙行寺(お岩さんの墓、浅野家の墓)⇒ 善養寺(閻魔像、尾形乾山の墓) ⇒ 都電で移動 ⇒ 渋沢史料館 ⇒ 船津伝次平顕彰碑 ⇒ 飛鳥山碑 ⇒ 佐久間象山の桜賦の詩碑 ⇒ 王子駅

眞性寺(六地蔵) 

 江戸六地蔵で有名な眞性寺では、菊まつりが開催されていて、大勢の参拝客でにぎわっていました。

六地蔵は巣鴨の眞性寺、品川の品川寺、吉原の東禅寺、新宿の大宗寺、深川に二つ霊巌寺と永代寺に建立されました。

眞性寺のお地蔵様は正徳4年(1714)に4番目に建立されました。300年以上たっているにことなります。建立は4番目ですが、江戸六地蔵参りという巡礼がありますが、それでは参拝順序は3番目になります。

以下、西巣鴨の寺町での主な案内場所をご紹介します。

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西方寺〔高尾大夫の墓〕

高尾太夫は、吉原の三浦屋に代々伝わる太夫の名前で、高尾太夫は11代続いたともいわれています。西方寺に眠っているのは、高尾太夫の中でも最も知られている2代目の高尾太夫で、万治高尾とか仙台高尾とか呼ばれています。

万治高尾のお墓は、お地蔵様が彫られたお墓で、高尾の戒名「転誉妙身信女」はほどんど読み取れません。

西方寺は、昭和2年に浅草から西巣鴨に移転してきていますが、改葬した際に、女性の人骨と木製の櫛がでてきたそうです。

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盛雲寺(新門辰五郎の墓)

新門辰五郎は、町火消十番組の頭として大変有名です。

錺職人の子として下谷に生まれましたが、輪王寺宮に仕える町田仁右衛門の養子になり、本名は町田辰五郎といいますが、輪王寺宮が浅草寺の伝法院に隠居した際に伝法院に新しくできた門(新門という)の門番も勤めたことから、新門辰五郎と呼ばれるようになりました。

新門辰五郎は、幕末には、子分300人を連れて京都に行き、15代将軍徳川慶喜の警備の任につきました。鳥羽伏見の戦に旧幕府軍が敗れた際には、大坂城に放置されていた家康以来の大金扇の馬印を持って子分と共に陸路東海道を江戸に着いたことで有名です。

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妙行寺(お岩さんの墓)

妙行寺は、寛永元年に赤坂に創建され、江戸時代には四谷鮫ヶ橋にありましたが、明治40年現在地へ移転しました。

東海道四谷怪談で有名なお岩さんは、実在の人物で、寛永13年2月22日になくなり、妙行寺に葬られました。

お岩さんが出てくる「東海道四谷怪談」を鶴屋南北が書いたのは、お岩さんがなくなって約200年もの後です。

実在のお岩さんは、御家人の田宮又左衛門の娘で、旦那さんは田宮伊右衛門といいました。

妙行寺の説明によると、夫の田宮伊右衛門は、隣家の娘とねんごろになりお岩さんを虐待していて、お岩さんが36歳でなくなった2年後に伊右衛門も亡くなってしまい、最初、お岩さんの法名は「得証妙念」という簡単なものでしたが、田宮家には「災い」がたえなかったため、「得證院妙念日正大姉」と改めました。それからは、田宮家にも災いがなくなったといいます。

そうしたことから、現在も、お岩さんに塔婆を捧げ熱心に祈れば願い事が叶うということから多くの塔婆が捧げられています。

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妙行寺(浅野家の墓)

妙行寺には、赤穂藩浅野家の関係者のお墓もあります。

中央が、赤穂藩浅野家3代藩主浅野長直の奥方高光院殿の墓で、浅野内匠頭長矩のお祖母さんになります。左手が浅野内匠頭の正室瑤泉院の供養塔、右手が浅野内匠頭の弟浅野大学の奥方蓮光院殿のお墓です。

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善養寺(尾形乾山の墓)

 善養寺は、江戸三大閻魔のひとつとされる高さ約3メートルの木造閻魔王坐像(豊島区登録有形文化財)が本堂に鎮座しています。江戸三大閻魔は、善養寺と新宿御苑前の太宗寺、杉並区の華徳院です。

本堂の裏に、尾形乾山のお墓があります。

尾形乾山は、京都の呉服商雁金屋の3男として生まれました。兄は有名な尾形光琳です。

尾形乾山は、京都の御室仁和寺の門前に居を構え野々村仁清のもとで陶芸を学び、鳴滝で窯を開き、この地が京都の西北、乾の方角に位置するところから作品に「乾山」の銘を記しました。この時期の乾山の作品は兄光琳が絵付し、乾山が作陶するという合作が主体で,この時代の作品が鳴滝乾山と呼ばれています。

享保年間の中頃に江戸へ下向し入谷に住んで作陶し、この時期の作品は入谷乾山と呼ばれています。

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 以上、西巣鴨の寺々のご案内でした。



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by wheatbaku | 2017-11-12 13:22 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩⑤ 五反田駅編

~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散⑤ 五反田駅編

昨日は、毎日文化センターの「~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩」があり、五反田駅から池田山や東五反田を散歩してきまました。

 この散歩は、30駅ある山手線の各駅を出発地点として、駅周辺の江戸史跡を散歩しようという企画で昨年から開始したものですが、今年の春季は事情により中断していたので、久しぶりの開催ということになりました。

 昨日は、事前の天気予報では、曇り一時雨ということで、雨に降られるのを覚悟していましたが、結果的に、雨に降られずにすみました。

 参加された皆さんの日頃の行いが良かったのではないかと思って、参加者の皆さんに感謝しています。

さて、昨日歩いたコースは次のコースです。

五反田駅 ⇒ 薬師寺東京別院 ⇒ ねむのきの庭 ⇒ 池田山公園 ⇒ 定光寺【福澤諭吉の墓】⇒  隆崇院【伊東深水の天井絵】 ⇒ 清岸寺【清岸寺の桜】 ⇒ 月窓院【坂東三津五郎の墓】 ⇒ 光取寺【陣幕久五郎の墓】 ⇒ 三田用水の跡 ⇒ 本立寺【柳家金語楼の墓】 ⇒ 清泉女子大学【伊達家下屋敷跡】 ⇒ 五反田駅

五反田周辺には江戸史跡はあまりないという印象が強いのですが、結構あるものです。

この中から今日は主な案内場所をご紹介しておきます。

ねむの木の庭

「ねむの木の庭」は、皇后陛下のご実家旧正田邸の跡地に整備された公園で、平成16年に開園しました。園名は皇后陛下の高校生時代(聖心女子学院高等科)に作られた詩「ねむの木の子守歌」からつけられたものです。

公園中央にはシンボルツリーの「ねむの木」が植えられています。下の写真中央がねむの木です。

 ねむの木の庭には、皇后陛下ゆかりの樹木や、お歌の中で詠まれた樹木・草花を多数植えられていて、有名なプリンセス・ミチコも植えられています。

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池田山公園

池田山公園は、岡山藩主池田家の下屋敷の一部を利用した公園です。

 下屋敷は寛文8(1668)年に造られ、27,300坪余という広大な敷地がありました。大崎村にあったことから「大崎屋敷」とも呼ばれ、このあたりは、池田家の下屋敷がある山ということで、いつしか「池田山」と呼ばれるようになりました

明治になってからも、敷地の多くが池田侯爵邸として使用され、昭和初めまで池田家ゆかりの人が住んでいましたが、その後、住宅分譲地として売り出され、「池田山」は都内有数の高級住宅地となっています。

現在、池田山公園となっている場所は、下屋敷の奥庭だったといわれ、品川区が購入し、昭和60年に公園として開園しました。

 もう少しすると紅葉が大変きれいになると思われます。

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常光寺

定光寺は元和元年(1615)に創建され、明治43年に現在地に移転しました。

現在、福澤諭吉のお墓は麻布山善福寺にありますが、昭和52年までは定光寺にありました。

福澤諭吉は、朝の散歩を日課にしていましたが、その時に、周囲が閑静で眺望が良いのを気に入ってこの地を自分の墓地として選んでいたといいます。

福澤諭吉が亡くなったのは、明治34年の23日でした。そして、28日、福澤諭吉の柩は、三田の自宅から菩提寺の善福寺に運ばれ、そこで葬儀が行われ、葬儀が終えると、柩と葬送は再び出発し現在の定光寺の墓地に埋葬されました。
 福澤諭吉のお墓の跡に「福澤諭吉先生永眠之地記念碑」が建てられています。

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隆崇院

隆崇院は、3代将軍家光の次男で甲府宰相とよばれた徳川綱重の正室が亡くなった後、追善供養のため、寛文9年(1669)に増上寺山内の山下谷に創建されたお寺で、隆崇院というお寺の名前は、綱重の奥方の院号です。

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 隆崇院の本堂(上写真)は昭和37年に造られ、その天井に日本画の巨匠伊東深水、子息万耀、および一門の画家によって描かれた鮮やかな彩色の花の絵があります。

天井の中央に深水の「牡丹唐獅子図」(下写真)が描かれていて、その周囲に大小各20面の花の絵を配置されています。

この絵は、伊東深水の奥様の7回忌の追善供養のため作成されたもので、昭和42年に完成しました。

c0187004_16502261.jpg

清岸寺

清岸寺は、この付近の寺では、唯一戦災を免れたお寺です。そのため、江戸時代に造られた本堂と山門が残されています。下写真の本堂は天保12年(1841)建立されたものです。 

c0187004_16501508.jpg
    

山門脇の桜は、芝増上寺36世の祐天上人(16371718)のお手植えと伝えられる桜で、推定の樹齢は250年~300年というサクラとしては23区内で最古と言われる古木です。(下写真)

祐天上人(1637-1718)は、目黒区祐天寺の地名や駅名ともなっている江戸時代中期の増上寺の名僧です。

c0187004_16502705.jpg

 この後、月窓寺で、歌舞伎役者の坂東三津五郎のお墓参り、光取寺で、江戸時代最後の横綱で、深川の富岡八幡宮の横綱力士碑を建てた陣幕久五郎のお墓参りをし、本立寺では落語家の柳家金語楼のお墓を参りしました。

 さらに、白金では、三田用水路の貴重な遺構を見て、清泉女子大学では、仙台藩下屋敷と島津侯爵邸の説明をして、無事、雨に降られずに終了となりました。


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by wheatbaku | 2017-10-15 16:45 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩④ 池袋駅編

~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩④ 池袋駅編
 先週、雑司が谷七福神もお参りしてきましたので、今日は、雑司が谷七福神のご案内をします。

雑司が谷七福神は、副都心線開通をきっかけに雑司ヶ谷の町おこしのために2010年『雑司が谷七福神の会』を結成したことにはじまり、2011年初詣より『七福神巡り』がスタートしました。

 

c0187004_10174437.jpg 色紙は1枚500円で、雑司が谷鬼子母神堂や雑司が谷案内処で買うことができます。

 しかし、この2ヶ所は七福神めぐりのちょうど中間点なので、ここで買うと七福神めぐりのコースとしては不便です。

 私は、池袋駅からスタートしましたので、仙行院で購入しました。ここでも少数であれば売ってくれるようです

 色紙は、それぞれの札所に設置してあるスタンプを各自が押していきます。

 御朱印のように寺社が押してくれないので簡易といえば簡易、味気ないといえば味気ない気もします。

 それでは、お参りした順にご案内していきます。

仙行寺(福禄寿)

c0187004_10101260.jpg 仙行寺は池袋駅からは5分程度ですので、七福神めぐりのスタートとしました。
 色紙はここで購入しました。
 仙行寺は、もともと江戸時代初期に創立された善行院と隣接の仙応院が明治41年に合併して仙行寺と改称したお寺だそうです。
 もとは小石川・白山にありましたが、合併と同時に池袋に移転してきました。

中野ピル(布袋尊)

c0187004_10101708.jpg 布袋様は、神社やお寺でなく、民間企業の中野ビルの前に鎮座しています。

中野家は大阪城の石材を供給していた小豆島の出身だそうです。

7代目が布袋尊を護持し、皇居の二重橋や国会議事堂等の石造建築を手掛けたそうです。

布袋尊像は戦火を被ったが.今は池袋復興のシンボルとしでお祀りされています。

観静院(弁財天)

c0187004_10102103.jpg観静院は法明寺の塔頭です。

観静院のある辺りは昔は一面の梅林で、梅林の中に天神堂があり、加藤清正が文禄~慶長の役の時御神体を守護神としたといわれています。

その後、法明寺塔頭として元禄初期に創立され、天神堂を吸収して現在に至っているそうです。

雑司ヶ谷鬼子母神(大黒天)

c0187004_10102591.jpg雑司が谷鬼子母神は、天正6年に、清土(文京区目白台)から出土した鬼子母神像を祀るため、里人たちが稲荷の杜に堂を建てたのが始まりと言われています。

現在の本殿は寛文4年(1664)に、前田利常の息女で安芸藩主浅野家に嫁した自昌院殿の寄進により建立されたもので、国の重要文化財です。

大黒天は、境内の大黒堂に祀られています。
 七福神の説明書には、大黒天は鬼子母神の夫神に当たると書かれています。

大鳥神社(恵比寿神)

c0187004_10102815.jpg大鳥神社は、正徳2年(1712年)、出雲松江藩主松平出羽守の嫡子が疱瘡にかかって際に鷺大明神により救われ、鬼子母神堂境内に勧請したのが始まりと伝えられています

慶応4年神仏分離令により、鬼子母神境内からわかれ、鷺大明神は大鳥神社と改称しました。

恵比寿様は、江戸時代に鬼子母神堂境内に鎮座していた頃、恵比寿神が合祀されていたことから、雑司が谷七福神の会が創設された際に大鳥大鳥神社に鎮座されました。

清立院(毘沙門天)

c0187004_10103261.jpg清立院は、770年前、真言宗・清龍寺として創立されました。

その後に村を疫痢から救った雲水が日蓮聖人像を寺に残したことから日蓮宗清立院と改められました。

木彫毘沙門天像は豊島区指定文化財です。


清土(せいど)出現所(清土鬼子母神)

c0187004_10103585.jpg雑司ヶ谷鬼子母神堂に祀られている鬼子母神尊像は清土(せいど)と呼ばれる地区から出土したと言い伝えられています。

清土出現所という名はこれに由来する名前です。

地元の人たちは親しみをこめて清土(せいど)鬼子母神と呼んでいるそうです。

吉祥天は鬼子母神の娘神です。



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by wheatbaku | 2017-01-10 10:04 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩③ 大崎駅編

~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩③ 大崎駅編

 昨日は、毎日文化センターの「駅から気ままに江戸散歩」で、品川の東海寺と御殿山周辺を散歩してきました。

快晴でしたが、風が強く、そのため寒い一日で、参加された皆さんは大変だったと思います。お疲れさまでした。

昨日は、大崎駅に集合してから次のコースを歩いてきました。

大崎駅 ⇒ 春雨寺【土岐家墓所】 ⇒ 官営品川硝子製造所跡 ⇒ 東海寺大山墓地【沢庵・渋川春海・島倉千代子・賀茂真淵の墓】 ⇒ 東海寺【堀田正盛などの墓】⇒ 清光院【奥平家墓所】 ⇒ イギリス公使館跡 ⇒ 台場土取場跡 ⇒ 品川御殿跡 ⇒ 品川駅


春雨寺

c0187004_13450392.jpg春雨寺は、沢庵が紫衣事件で出羽国上山(かみのやま)藩に流された際に、上山藩主土岐頼行が、沢庵のために、上ノ山に建てたものです。

のちに品川に東海寺が建立されると、土岐頼行は、東海寺の塔頭として春雨庵を新たに壮健されました。

マンション奥の墓地に、土岐家初代土岐定政、3代土岐頼行、5代土岐頼稔の墓があり、土岐頼行を中心に3代の藩主について説明しました。


沢庵墓  

c0187004_13450808.jpg 沢庵のお墓は、東海寺大山墓地にあります。

 お墓が、あまりにも質素なので、参加者の皆さんは驚いていました。

 沢庵は、死ぬ前に、お墓をつくらなくてもよいと言い残したそうですので、質素なのもうなずけることなど説明しました。

  

島倉千代子さんのお墓

 大山墓地には、沢庵のほか、渋川春海や賀茂真淵などのお墓があり、そちらも案内しました。
c0187004_13451401.jpg その大山墓地の一画に、島倉千代子さんのお墓がありますので、ご案内しました。

 黒御影石で作られていて、ピアノの形をしています。

 島倉千代子さんのお墓はいつもお花が一杯ですが、昨日もお花が一杯手向けられていました。 近所の方がお参りにきていましたが、しばしばお参りにくるとおっしゃっていました。


東海寺

東海寺は、3代将軍家光が沢庵のために寛永15年に創建し臨済宗のお寺です。

c0187004_13452026.jpg 48千坪もの境内がありました。

当初は、本堂等がなく沢庵屋敷と呼ばれていて、本堂等が建設されたのは、元禄時代のことです。

 境内には数多くの塔頭が建てられ、江戸時代後期には16ヵ院ありあました。

現在の東海寺は、塔頭の一つ玄性院が継いだものです。

東海寺には堀田正盛のお墓もあるので、そちらも案内しました。


清光院

c0187004_13452681.jpg清光院では、奥平家の墓所を案内しました

清光院は、江戸時代は東海寺の塔頭でしたが、明治になって独立しました。

中津藩奥平家墓所には初代から歴代の藩主が眠っています。

ずらっと墓碑がならんでいて壮観でした。

参加者の皆さんも驚いていました。


台場土取場跡

ペリー来航に驚いた幕府は江戸湾の防備を強化するため、台場を築造しました。

c0187004_13453012.jpgその台場築造のための土砂は御殿山から取りました。

その土取場は、現在でも、よく見ると御殿山の地形として残ったいます。

その、一部が、現在は、東京マリオネットホテルの庭園に見ることができます。

紅葉はほぼ散り終わっていましたが、紅葉をながめながら、お台場建設のため、土砂を取っている姿を想像してもらいました。

散歩が終わった後は、恒例の懇親会でした。

寒い日の散歩でしたので、終わった後のお酒が大変おいしかったです。

ただ、写真を撮り忘れていまいました。


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by wheatbaku | 2016-12-11 12:41 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩② 巣鴨駅編

~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩② 巣鴨駅編
 土曜日には、毎日文化センターの「山手線一周~駅から気ままに江戸散歩」で、雑司ヶ谷霊園と護国寺を案内してきました。

 「山手線一周」と詠っているので大塚駅周辺の江戸散歩をしたかったのですが、大塚駅周辺には江戸の史跡がほとんどないため、都電荒川線にのって雑司ヶ谷霊園と護国寺での史跡散歩ということにしました。

 雑司ヶ谷霊園も護国寺(右下写真は護国寺本堂)も、有名な人が大勢眠っていますので、その中でも超有名な人たちのお墓をご案内してきました。

c0187004_21085532.jpg ご案内した有名人は次の人々です。

 雑司ヶ谷霊園では、永井荷風・岩瀬忠震・小泉八雲・東条英機・ 小栗上野介・千葉定吉・小川笙船・夏目漱石・ジョン万次郎

 護国寺では、大隈重信・松平不昧・三条実美・大倉喜八郎・山県有朋・安田善次郎

 その有名人のお墓のほかに、雑司ヶ谷旧宣教師館と護国寺のご案内もさせてもらいました。

 昨日は、絶好のお散歩日和で、雑司ヶ谷霊園も護国寺も、公園を散歩しているような気持ちで散歩できました。

 ご参加いただいた皆さんお疲れ様でした。

c0187004_20495288.jpg ご案内の詳細は、次回からアップしていきますが、いくつかご案内の様子を紹介します。

 小泉八雲は、旧名はラフカディオ=ハーンで、明治23年来日、松江中学の英語教師となり、その後、五高,東京帝大や東京専門学校(現早大)で教えました。

松江時代に結婚した奥さんの姓と出雲に縁のある「八雲」から、小泉八雲と名のりました。


c0187004_20522518.jpg 夏目漱石は、今年、没後100年になり、先月はNHKで「漱石の妻」が放映されました。また、豊島区でも夏目漱石関連のイベントも最近おこなれたりして注目されている漱石のお墓は大きなお墓で、イスの形をしています。



c0187004_20511577.jpg 護国寺では、三条実美、山縣有朋、大隈重信など、明治政府で活躍した人々が眠っています。その中で、大隈重信は本堂の右手に大きな敷地を占めています。

 墓所の前面には大きな鳥居があります。



 



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by wheatbaku | 2016-11-13 20:02 | ~山手線一周~ 駅から気ままに江戸散歩 | Trackback
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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