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カテゴリ:文京学院大学江戸講座( 2 )
文京学院大学の「江戸の仇討ち」講座開講

文京学院大学の「江戸の仇討ち」講座開講

昨日は、文京学院大学生涯学習センター主催の「いざ 尋常に勝負しろ!江戸の仇討ち」の2回目講義があり、江戸の仇討ちについて話してきました。

今回も熱心な受講者の皆様のおかげで気持ちよく講義をさせていただきました。受講いただいた皆様ありがとうございました。下写真が講座の様子です。

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 先週開かれた第1回の講座では江戸三大仇討ちの一つに数えられる伊賀越の仇討ちを中心にお話ししましたが、昨日は、江戸三大仇討ちの一つに数えられる浄瑠璃坂の仇討ちを中心に話しました。

 浄瑠璃坂の仇討ちは、寛文12年(167223日、江戸市ヶ谷の浄瑠璃坂で、父奥平内蔵丞(くらのじょう)を殺害された奥平源八が、敵(かたき)の奥平隼人を討ち果たした事件です。約30年後に起きた赤穂浪士の討入りのモデルともなったともいわれる仇討ちです。

 事件の発端から仇討ち成就そしてその後の展開までお話ししました。

 浄瑠璃坂は、あまり知られていない坂ですので、どこにあるか写真と地図を示しながら解説しました。浄瑠璃坂の場所や雰囲気がよくわかったという感想をいただきました。下写真が現在の浄瑠璃坂です。

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 浄瑠璃坂の仇討ちの後は、仇討ちに53年間かかったともせ母子の仇討ち、護持院が原の仇討ち、最後の仇討と呼ばれる臼井六郎の仇討ちなどの有名な仇討ちを説明させていただきました。

 

 昨日は、天気もよく、最高気温も14度まであがりましたので、散歩には支障なかったため、講義の後は、本郷周辺の史跡をご案内しました。 

 追分一里塚跡や老舗の高崎屋、明暦の大火の火元をなった本妙寺の跡、樋口一葉が通った質屋の伊勢屋、菊坂の樋口一葉旧居跡などが主なご案内先です。

 下写真は、樋口一葉が通った伊勢屋の店先に設置された文京区教育委員会の説明板を読む参加者の皆さんです。後ろが伊勢屋です。

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 散歩の後は、本郷三丁目近くの中華屋さんで散歩に参加した皆さんとの懇親会を開き、楽しい時間を過ごしました。

 ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。






by wheatbaku | 2019-02-17 15:28 | 文京学院大学江戸講座
文京学院大学で「江戸の仇討」についてお話しました。

文京学院大学で「江戸の仇討」についてお話しました。

昨日は、文京学院大学生涯学習センター主催の江戸講座が開かれ、「いざ、尋常に勝負しろ!江戸の仇討ち」というタイトルで「江戸の仇討」についてお話してきました。

 天気予報では、大雪の予報でしたので、荒れ模様になるかなと覚悟して出かけましたが、予報が良い方にはずれて、文京学院大学に到着した時点でも雪はまったく降っていませんでした。下写真は昨日の文京学院大学生涯学習センターです。

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そして、講座終了後も、雪が降らず、鉄道のダイヤの乱れもなく無事に帰宅できました。

 大雪の予報でしたので、欠席の方がでるかなとも思っていましたが、欠席もほどんどありませんでした。熱心に受講いただいた皆様、ありがとうございました。

 さて、講座の内容ですが、江戸の仇討について、①仇討ちが許される条件と②有名な仇討ちについて解説するというものです。

 昨日は、そのうち①仇討ちが許される条件と②有名な仇討ちのうちの「伊賀越の仇討ち」と「浜田藩江戸屋敷で仇討ち」についてお話しました。下写真が講座の様子です。

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 仇討ちは、幕府の許可が必要とされています。ただし許可といっても届出です。この届出がされていないと仇討ち後、拘束されて吟味がおこなれますが、確かに仇討ちであることがはっきりすれば放免されます。

 また、仇討ちは、原則として目上の人の仇を目下の人が討つのが原則です。ただし、伊賀越の仇討ちのように、兄が弟の仇討をするケースもないではありません。

 そうしたことを話した後、伊賀越の仇討ちについてお話ししました。

伊賀越の仇討ちは、寛永11年(1634117日、伊賀上野城下鍵屋の辻で、元岡山藩士渡辺数馬が義兄荒木又右衛門とともに、弟渡辺源太夫の敵(かたき)河合又五郎を討った事件です。

日本三大仇討ちと江戸三大仇討ちの一つにそれぞれ数えられる大変有名な仇討ちです。

その仇討ちの経緯について、50分ほどの時間をかけてお話ししました。

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荒木又右衛門は鍵屋の辻で仇討ちを成就した後、4年間ほど津藩藤堂家に御預けになり、寛永15年に鳥取藩に引き取られました。しかし、荒木又右衛門は鳥取に到着してわずか2週間余後の寛永15828日死去しました。この結末には、参加者の皆さんが驚かれていました。

また、昨年12月に伊賀上野に取材に行きましたが、そのた際に写した写真もスライドで見ていただき、喜んでいただきました。上写真は鍵屋の辻にある文政11年建立の道標で、下写真は伊賀市萬福寺にある河合又五郎のお墓ですが、こうした写真を見ていただきました。

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講座の最後には質問を受け付けましたが、参加者の皆さんからは質問が多く寄せられ、その熱心さに感激しました。

受講いただいた皆様、ありがとうございました。



 


by wheatbaku | 2019-02-10 11:53 | 文京学院大学江戸講座
  

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