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「安政江戸地震」(野口武彦著)(江戸の災害と復興)

 江戸検の「今年のお題『江戸の災害と復興』」に関係する本は、随時紹介しようと思っていますが、今日は「安政江戸地震」(野口武彦著)を紹介しておきます。

 この本は副題として「災害と政治権力」とされています。

c0187004_11064014.jpg 著者は、「本書がめざしたのは、災害史、政治史、社会史、民衆史のいずれでもなく、一定の周期性をもって国家権力を襲うカタクリズム(大変動)の年代誌である」と書いてあります。

 しかし、安政江戸地震の様子がよくわかります。

 この中に書かれていることで、印象的なことを書いておきます。

 安政江戸地震では、被害が大きかったのは、深川・本所と吉原だと言われています。

 本書の中の表に、町番組ごとの被害状況が書かれています。

 その表の説明の中で、死者が100人以上の町は、浅草、湯島下谷辺、本所南部、深川、本所北部、そして、吉原という順で、課税額の低い町が多いと書かれています。

 隅田川沿いや低湿地に出来上がった町は課税額が低く抑えられたが、安政江戸地震ではこの町々が大きな被害を受けたと書いてあります。

 こうした町の被害が大きな一方で、日本橋や京橋という江戸の中心部は、驚くほど被害が少なかったようです。

 藤岡日記によれば、日本橋北や京橋は「格別の損じもこれなし」となっているようです。

 安政江戸地震では、町人地での被害が話題になることが多いのですが、武家地の方が話題になることがありません。

 それは、武家方の被害がオープンにされていないからだと野口先生は書いています。

 現在の皇居外苑にあたる大名小路は、大きな被害を受けていて、記録上最多の被害者を出したのは会津藩だったようです。

 藤岡屋日記には「両屋敷(上屋敷と道を隔てた所にある中屋敷)、丸焼け、死人130人」と書かれているそうです。

 また、小石川の水戸藩邸も大きな被害を受けていて、水戸の両田と言われた戸田忠大夫と藤田東湖がなくっていることは大変有名です。

 藩史料でも死者46人となっているそうです。

 しかし、水戸藩のライバルであった彦根藩では、死者が一人もいなかったそうです。

 死者もなく「怪我致し候と申す程の儀はこれなく候」と書かれているとのことです。

 江戸城はどうだったかについても書いてあります。

江戸城本丸は、ほとんど被害がなかったそうです。

こうした被害の違いは、地形のよるものだそうです。

江戸城本丸・西の丸や彦根藩の藩邸のある場所は、強固な地盤の台地の上ですが、大名小路は、もともとは海だった土地を埋め立てたものです。

また、日本橋・京橋は江戸前島と呼ばれた半島状の台地です。そのため被害が少なく。

一方、埋立地や低湿地帯である深川・本所、吉原、下谷は被害が大きかったようです。

 この本は、ちくま学芸文庫ですので、携帯にも便利ですし、文章もあまり難しくないので、比較的読みやすいのではないでしょうか。


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by wheatbaku | 2016-01-06 11:07
伊奈家菩提寺・源長寺(江戸の災害と復興)

 今日から仕事始めです。

c0187004_11394454.jpg 会社に出勤する前に、会社近くの神社に昇殿して、一年間の無事を祈ってきました。

 さて、年末にご紹介した「怒る富士」の主人公伊奈忠順ですが、伊奈忠順について、寛政重修諸家譜には、その経歴については次のように書かれています。

 伊奈忠順は、伊奈忠常の次男として生まれました。

 元禄10年に関東郡代の職を継いでいた兄忠篤が早世したので、稲葉家に養子にいっていた忠順が兄の跡を継ぐこととなりました。

 その後、深川で架橋工事や埋め立て工事を行い、時服等を賜っています。

 そして、突然「正徳2年2月29日死す」となっています。

「怒る富士」では切腹するということとなっていますが、寛政重修諸家譜は幕府の公文書ですので、「切腹」とは書きようがありませんので、当然の書き方だと思います。

この忠順のお墓は、伊奈家4代忠克以後の当主の墓がある埼玉県川口市の源長寺にあるとされています。

c0187004_11350907.jpg そこで、年末、源長寺にお参りしてきました。

源長寺は関東郡代の伊奈忠治が居城に近い赤山の地にあった古寺を再興して伊奈家の菩提寺として創建し、両親の法名から周光山勝林院源長寺と寺号を定めたそうです。

源長寺には、伊奈家歴代のお墓がありました。

c0187004_11351828.jpgしかし、忠順のお墓がどれかは法名が刻まれていなかったこと御住職がいらっしゃらなかったのではっきりしませんでした。

また、墓地の一画には、5代忠常が建立した頒徳碑がありました。この碑には忠次、忠政、忠治の業績が刻まれているようで、川口市の文化財に指定されていました。

伊奈家は、埼玉県に大変縁のある家です。

 伊奈家の初代は伊奈忠次といいますが、この忠次は、武蔵国鴻巣や小室に1万石の知行地を持っていました。

 そして、鴻巣勝願寺に伊奈忠次、そして3代目の伊奈忠治のお墓があります。

 このこともあって、初詣をかねて勝願寺に行ってきました。

 伊奈忠次は、三河国幡豆郡小島城(愛知県西尾市)で生まれました。

 初め松平信康に仕えた後、一時、徳川家から離れましたが、再び近習として徳川家康に仕えました。

徳川家康が江戸に入府した後は関東代官頭として関東の民政に尽くしました。

伊奈忠次の跡は、長男の忠政が継ぎました。

しかし、忠政が若くしてなくなったため、伊奈忠次の次男の忠治が関東郡代となりました。

c0187004_11352443.jpg忠治は、武蔵国赤山(現在の埼玉県川口市赤山)に七千石を拝領していました。

そこで、赤山に代官屋敷を構えました。

伊奈家菩提寺の源長寺の北側に、伊奈家の屋敷があった赤山陣屋跡が残されています。

赤山陣屋跡は整備されていて「赤山城跡」と刻まれた石碑が建てられています。(右写真)

c0187004_11353269.jpg 陣屋跡近くには赤山日枝神社があります。

「怒る富士」の冒頭部分で、伊奈忠順が八幡神社に石碑を奉納する場面があります。

その場面に出てくる石碑も現存していました。(右写真)

「怒る富士」を読んでいたの、この石碑を見て、非常に伊奈忠順を身近に感じることができました。


 伊奈家は、「今年のお題『江戸の災害と復興』」において、伊奈忠順以外にも、かなり関係しそうな予感がしています。

今後も記事にする機会があると思いますが、関係する場面で、随時記事にしていこうと思っています。


   




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by wheatbaku | 2016-01-04 11:00
鴻巣の勝願寺に初詣で

元旦には、ブログを読んでいただいている皆様から、コメントを始め、年賀状やメールをたくさんいただきました。ありがとうございました。


 私は年始にあたってまず初めにお参りするのは地元の氏神さまです。

 氏神様の正式名は氷川八幡神社といいます。

これは、明治になってから鴻巣の箕田郷内の八幡社と氷川社など数社を合祀したためです。

c0187004_09092211.jpgしかし、元々は八幡社と呼ばれていた場所に鎮座しているので、地元では、「八幡様」と言っています。

箕田の八幡社は、平安時代の永延2年(988)に、源頼光の四天王の一人渡辺綱が、当地に八幡宮を勧請して創建したといわれている古い神社です。

地元の鎮守様であることから、かなり多くの方がお参りにきていました。


今年は、氏神様の他、鴻巣の勝願寺にも初詣でに行ってきました。

こちらは、天正年間に僧惣誉清巌が浄土宗の名跡を残すため当地で浄土宗のお寺として中興したものです。

c0187004_09100322.jpg江戸時代には寺領30石を拝領した浄土宗のお寺で関東十八檀林の一つに数えられていました。

また、丹後田辺藩藩主であった牧野家の菩提寺でした。

勝願寺の山門には、檀林であることを示す「栴檀林」と刻まれた額がかけられています。

この勝願寺にお参りしたのは、ここに小松姫のお墓があるからです。

小松姫は、まだあまり知られていないと思いますが、今年の大河ドラマ「真田丸」に縁のある人物です。

「真田丸」の主人公は、いうまでもありませんが真田幸村(信繁)です。

その兄の真田信之の正室が小松姫です。

小松姫は、徳川四天王の一人本多忠勝の長女でした。

二人が結婚する以前は、徳川家と真田家は敵対関係にあり、徳川軍が真田家の居城上田城を攻めたこともあります。

c0187004_09104070.jpgそこで、真田家との関係を改善するため、徳川家康は小松姫を家康の養女として、真田信之に嫁がせました。

この小松姫は、晩年、病にかかり江戸から草津温泉へ湯治に向かう途中、武蔵鴻巣で亡くなり、勝願寺の中興2代住職に深く帰依していたことから、勝願寺に墓が建てられました。

大河ドラマ「真田丸」では、小松姫は女優の吉田羊さんが演じるようです。

こうしたことから、勝願寺は、「真田丸」ゆかりの地でもあります。

実際に行ってみると、参拝者はほとんどいなくて、静かにお参りできました。

勝願寺は、関東郡代伊奈家ゆかりの寺でもあります。

それについては次回書こうと思います。



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by wheatbaku | 2016-01-02 09:11
正月の事始めは若水

  新年あけまして
 おめでとうございます。

c0187004_12213758.jpg
 

 大晦日は久しぶりに紅白歌合戦を最初から最後まで見ました。

 そうしたことから、このブログを書いている時は、2016年(平成28年)になりました。

 

 江戸では、新年の初めは、「若水」を汲むことから始まったようです。

 「絵本江戸風俗往来」に「若水を汲みあげるを、今年の事始めとす」と書いてあります。

 この若水は、日の出前に汲むようです。

 「若水汲める頃明けの鳥告げ渡り、初鶏の声相聞こえて東天紅の光景、今少し以前までも雑踏せし町々も静まり、心にさわることもなく、、勤めの役として煩しと思う心なく、新年の祝詞相互いに自ずから出づるも目出度かりける」と書いてあります。

 また、若水を汲む桶は新調して輪飾りをかけて、今年の恵方を向いて汲みました。

 そして、この若水で雑煮を作り、福茶を煮たようです。

 福茶というのは、守貞謾稿によれば「甲州梅、大豆、山椒」をいれた煎じ茶です。

 現代で井戸がる家はほとんどありませんので、若水を汲むという風習もすっかりなくなりました。

 我が家でも若水を汲むこともありません。
 そして、雑煮は食べますが、福茶を飲むといういうこともしなくなりました。

 このように昔の風習は徐々に消えていきます。
 しかし、新年を迎えると新たな気分になります。

 そして、今年も頑張ろうという気持ちになります。

 本年もどうぞよろしくお願いします。 


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by wheatbaku | 2016-01-01 01:00
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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