人気ブログランキング |
タグ:江戸の祭礼と歳事 ( 75 ) タグの人気記事
おわら風の盆 (江戸の祭礼と歳事)

「おわら風の盆」が9月1日~3日にかけて開催されました。

「おわら風の盆」は、越中八尾の行事ですが、江戸の祭礼ではないので、つい先日まで江戸検には関係ないと思っていました。

しかし、8月23日に行われた江戸検のいわゆる「夏検」では、江戸以外の祭礼も出題されています。(といっても、京都の葵祭と大坂の天神祭ですけれども)

 そこで、「おわら風の盆」は、参考図書「江戸の祭礼と歳事」に載っていることもあり有名なお祭りですので、書いておきます。


c0187004_15480758.jpg 祭礼の様子等は おわら風の盆行事運営委員会 ホームページを 見てください。




 まず「おわら」の由来ですが、地名のようにも聞こえますが、地名ではないようです。

「おわら」の由来については諸説があるようです。

「江戸の祭礼と歳事」では、文化9年が笑いがとまらないほとの豊作だったことから「おわらひ(大笑い)」という言葉からきたという説や豊作祈願をした「大藁節」説などがあると書いてあります。

続いて「風の盆」の由来です。


二百十日の前後は、台風到来の季節です。

二百十日という雑節が暦に書き込まれたのは、江戸時代初期の伊勢暦だそうです。

その後、渋川春海が貞享曆に記載したことにより広く知られようになったそうです。

二百十日前後には、収穫前の農作物が風の被害に遭わないように祈願する祭礼が行われてきました。

その祭りは「風祭り」と呼ばれるほか「風日待ち」「風祈祷」などとも呼ばれます。

「風の盆」も「風祭り」の一種です。

富山では休みのことを「ボン(盆日)」という習わしがあったと言われ、種まき盆、植え付け盆、雨降り盆などがあり、その「盆」に名前の由来があるのではないかとも言われているようです。




by wheatbaku | 2015-09-04 09:51
江戸検お題参考書(②開帳・富くじ・相撲) (江戸の祭礼と歳事)


 今日も江戸検の今年のお題の参考図書について書いていきます。

今日は、第2章「庶民の楽しみと寺社」で参考とした図書について紹介しようと思います。

これからは、ほとんど小項目ごとに、一冊の専門書を参考にしていくとパターンになります。

c0187004_10323607.jpg開帳については、吉川弘文館「江戸の開帳」(比留間尚著)を利用しました。

開帳には、居開帳と出開帳がありますが、居開帳と出開帳について詳しく書いてあります。 

その中で、開帳が数多く行われていた本所回向院と浅草寺での開帳の様子が説明されています。
 さらに出開帳で特に数の多い成田山新勝寺、長野善光寺、嵯峨釈迦如来、身延山久遠寺の出開帳についても書いてあります。

200ページ程でそれほどページ数も多くありませんので、取り組みやすいのではないでしょうか?
 新刊本はありません。中古市場で入手するか図書館を利用してください。


c0187004_10324424.jpg富くじについては、参考になるのが一冊しかありませんでした。

江戸楽アカデミーの講師もされている滝口正哉先生が書かれた「江戸の社会と御免富―富くじ・寺社・庶民―」です。

富くじの歴史が詳細に書かれています。

「江戸の祭礼と歳事」の富くじも詳しく書かれていますが、より詳しく知りたい方は、この本が適切だと思います。

大変高価な本ですので、購入するのは大変だと思います。

しかし、所蔵している図書館は多いと思いますので、お近くの図書館で借りてご利用ください。


c0187004_10325265.jpg相撲については、数多くの本が出ています。

しかし、現代の「大相撲」について書いている本が多いように思います。

講義の準備に使用したのは講談社学術文庫「相撲の歴史」(新田一郎著)です。

これは、講談社文庫ですので、携帯に便利ですが、相撲の起源から現代の相撲までの歴史について書いてありますので、多少ボリュームがあります。

相撲は、奈良時代以前からの歴史を持っていますが、その相撲の歴史はよくわかります。

 しかし、取り急ぎ、江戸時代の相撲を知りたいのでそれ以前は不要と考える方は、後半部分だけを読むのでよいかもしれません。
 この本を読むと戸の勧進相撲についてより一層理解が進むと思います。
 ただし、新刊本はありません。中古市場で入手するか図書館で借りて読むということになります。







by wheatbaku | 2015-08-27 10:19
江戸検お題参考書(①天下祭) (江戸の祭礼と歳事)

 江戸検の今年のお題「江戸の祭礼と歳事」についての江戸検講座が終了しました。

 しかし、今年のお題に関する参考図書があまりなくて、講座の準備には苦労しました。

 江戸検を受ける方々も苦労されていると思います。

 そこで、江戸検講座の準備のため参考にした図書を、これから数回に亘って紹介していきます。

 江戸検を受ける方にいくらかでも参考になればと思います。


 まず、総論ですが、「江戸の祭礼と歳事」に関して、1冊の本でほとんどの項目を勉強できるという図書は、私がみる限りありません。

 そのため、各項目を深く勉強しようとする場合には、その項目についてだけ書いた本を読まざるをえないということになります。
 そこが、今年のお題「江戸の祭礼と歳事」の勉強の難しさだと思います。

 そうした中で、比較的多くの項目を網羅しているのが、「江戸学事典」です。

c0187004_09413816.jpg 「江戸学事典」の中には、「祭と開帳」と「川開きと酉の市」という項目があります。

 この二項目は、今年のお題に関係しています。

 ちなみに「祭と開帳」の主な小項目をあげると次のようになります。

 「祭」「開帳」「山王権現」「神田明神」「根津権現」「富くじ」「富士講」「稲荷」「大山詣」「六地蔵」「六阿弥陀」など

  「川開きと酉の市」では、「年中行事」「縁日」「川開き」「月見」「酉の市」「歳の市」などです。
 現在も市販されています。
 高額ですが、1級合格をめざす方は入手されるとよいと思います。
 「祭礼と歳事」以外にも、大変勉強になります。

 これから項目別に参考にした図書を紹介していきますが、天下祭関連で参考図書としたのは次の本です。
 天下祭に関する本は、入手するのが難しい本が多かったですね。

c0187004_09383372.jpg 「日枝神社史」は、日枝神社の社史です。
 この本は700ページを超える大変ボリュームのある本です。

 しかし、日枝神社の歴史が非常に詳しく書かれています。

 当然のことながら、山王祭についても詳しく書かれています。

 この本は昭和52年に出版されたもので、現在は、図書館でしか読むことができません。
 日枝神社について深く知りたいと考える方は、図書館(しかも東京都内の図書館)で学んでください。

 

c0187004_09384069.jpg 「神田明神史考」は神田明神の社史です。

 この本も神田明神の歴史や神田祭について詳しく書かれています。

 特に、将門伝説については詳しく書かれていて、大変興味深い内容が書かれています。

 この本は、市販されていませんが、神田明神にお願いすれば入手できます。

c0187004_09324788.jpg 天下祭の祭礼行列を盛り上げたのが「山車」です。

 その「山車」について、詳しく書かれているのが、「続・江戸型山車のゆくえ」です。

 この本は、祭礼を研究する人にとっては、「バイブル」とまで呼ばれるほどのものだそうです。

 ただし、これも平成11年に出版されたもので現在は市販されていませんので、図書館で読むしかありません。






 c0187004_09414533.jpg天下祭の山車について書いた本には、「大江戸の天下祭り」という本もあります。

この本は、「江戸型山車のゆくえ」よりは入手が容易で、アマゾンでも入手できるようです。

「江戸型山車のゆくえ」は、まさに研究書といった雰囲気ですが、私たち一般の人には「大江戸の天下祭」のほうが少し読みやすいと思います。







 

c0187004_09325428.jpg 一番入手しやすく読みやすいのが「ご遷座400年奉祝 神田祭」です。

これは、今年行われた神田祭のガイドブックです。

ガイドブックですので、神田祭のガイド中心ですが、神田明神の歴史も描かれています。

何よりもビジュアルで読みやすいという特徴があります。

1級を受検される方には、これだけでは不十分でしょうが、入門書としては大変活用価値があります。

 神田明神に行けば、まだ入手できると思います。














by wheatbaku | 2015-08-25 09:25 | 江戸の祭礼歳事
放生会(江戸の祭礼と歳事)



 旧暦の8月15日は、放生会(ほうじょうえ)でした。


  放生会については、前々から書こうと思っていたのですが、今週土曜日に江戸検講座があるため、その準備で忙しく、アップできませんでしたので、今日アップします。


放生会は、仏教の戒律である「不殺生戒」に従って、功徳を積むために、捕獲した魚や鳥獣を川や山野に放す行事です。

もともとは仏教の行事でしたが、日本では神仏習合によって神道にも取り入れられました。


 放生会は、八幡宮を中心に行われました。

宇佐神宮(大分県宇佐市)では、奈良時代初期にはすでに始められていました。

そして、京都の石清水八幡宮では、平安時代には勅祭として行われていました。


江戸では、富岡八幡宮の放生会が有名でした。

東都歳事記には、8月15日には富岡八幡宮をはじめ多くの八幡宮で「八幡宮祭礼」が行われましたが、その中で、各神社で放生会が行われていると次のように書かれています。



富賀岡八幡宮 別当永代寺  (略)

三田八幡宮  別当無量院 (中略) 当月(8月)10日に放生会を行う。

西ノ久保八幡宮 別当普門院 (中略) 今日放生会をなす。

市谷八幡宮  別当東円寺  今日放生会あり。

高田穴八幡宮 別当放生会寺 (中略) 毎年放生会  境内の放生池あり。

若宮八幡宮  別当普門院 牛込にあり。放生会を行い、境内にて踊りを崔す。

今戸八幡宮  別当松林院 今日放生会あり。宮戸川へ魚を放つ。

 東都歳事記では、富岡八幡宮についての放生会については書いてありませんが、「江府年行事」には放生会が行われていたことが書かれています。


江戸の各所の八幡宮で行われる放生会のため、放生会のための「放し亀」「放し鳥」「放し鰻」を売る露店がでたり、町中を「はなし鳥、はなし鳥」または「はなし亀、はなし亀」などと売り声をあげて売り歩く行商人もいたようです。

「放し鳥」はほとんどが雀だったようですし、「放し亀」は橋のたもとでも売られていたようです。


c0187004_09430446.jpgこの「放し亀」で有名な絵が、歌川広重の『名所江戸百景 深川万年橋』です。

万年橋は小名木川にかかる橋ですが、右の絵に大きく描かれているのが、放し亀です。
 橋の欄干の手前に置かれた桶に放し亀が
しばりつけられている絵です。

 描かれているのが深川万年橋ですから、富岡八幡宮での放生会のために売られていたのだと思われます。 

 ちなみに万年橋が取り上げられているのは、富岡八幡宮が近いという理由のほかに「鶴は千年、亀は万年」という洒落も効いているといわれています。
 








by wheatbaku | 2015-08-20 09:28
吉原の俄(にわか) (江戸の祭礼と歳事)

 お盆休暇が終わり、ビジネスマンは今日から通常の会社勤めが始まりました。

 江戸検を受検される皆さんも、そろそろ本格的な受検勉強を始める時期になってきましたね。

 気分一新してこれから是非頑張ってください。

 さて、今日は吉原の「俄(にわか)」について書こうと思います。

以前、八朔」について書いた記事 「吉原の『秋の雪』または『八朔の雪』」 の中で、吉原の「俄(にわか)」について書きましたが、東都歳事記を読んでいましたら「俄」についての記述を見つけました。
 そこで、今日は、それを書いておこうと思います。

 以前は8月朔日の項だけを読んでいましたので、「秋の雪」しか書いてありませんでしたが、8月16日の項に 「俄」について書いてありました。

 書き上げると次のようになります。

 〇当月中頃より吉原町俄始まる。踊り邌物(ねりもの)等花美風流をこらし、9月中旬にいたる迄毎夜出す。にはかと唱ふる事その據(よりどころ)を知らず。

されど東都吉原に限りたる名にはあらす。
 『花街大全』に、この行事は九郎助稲荷の祭礼に始るという。

亦『むかしむかし物語』の付録に、「吉原の茶や桐や伊兵衛という者、歌舞伎役者の真似をこのみ、安永天明の頃にやありけん。ある日角丁中万字屋に居りける朋友をかたらひ、ふと思い付て狂言をこしらへ、中の町を往返しけるに、この日の遊客挙りて見物し、江戸中の噂となりしより次第に長じて、年毎のならはしとはなれり」といへり。なお尋ねべし。

 これによるとまず吉原の「俄」は九郎助稲荷の祭礼であるということになります。

 また、「俄」が始まったきっかけは、吉原の茶屋の桐や伊兵衛という歌舞伎役者の真似をするのが好きな人物が、安永天明の頃のある日、吉原の角町の中万字屋にいた友人たちを誘って、思い付いて狂言を作り、仲の町を練り歩いたところ、吉原のお客たちが揃って見物をして江戸中の評判となったので、次第に盛んとなって、毎年行わるようになったということのようです。

 「俄」は吉原の三大景容の一つですので、東都歳事記から引用して書いておきました。




by wheatbaku | 2015-08-17 09:39 | 江戸の祭礼歳事
「第付(だいつけ)」(江戸の祭礼と歳事)


 守貞謾稿には、富くじについて詳しく書かれていますので、今日は、その三回目です。
 

 守貞謾稿には、富くじの当選者が当選金すべてを手に入れられないと書かれています。

 突き止め千両を得る者より、その一分百金を修補の料と号して債主に止め、また百両を札屋に頒ち、その他諸費と号して四、五十両を除き、千両富その実を得る所大略七百金なり。

平の当りに至るまで各これに准ず。

 当選金の3割は、諸々の理由をつけて差っ引かれて、当選者に手に渡るのは7割であると書いてあります。

 まず1割は、富興行を催す寺社が修補料として受け取ります。

 そして1割は、札屋が1割を取り、さらに諸費と名付けて1割が差っ引かれます。

 そうしたことから、当選者が受け取れるのは7割になってしまうのです。

 これは、突き止めの千両の当選者も、「平」の少額の当選者も一律であると書いてあります。

 富くじの札一枚の値段は金一分と高額でしたので、貧しい人たちは、おいそれと買えません。

 そこで、貧しい人たちも買える工夫がされるようになります。

 それについても守貞謾稿に書かれています。

また割札と号して、本札を札屋に止め、一札二頒あるいは四頒等の仮札をもって頒ち売るもあり。二頒を半割札、四頒を四人割と云う

これは、一枚の富札を複数人数で購入する方法です。この場合、本物の富札は札屋が預かっていて、仮の札を購入者が持っている方法です。

二分割する場合は「半割」、四分割する場合は、「四人割」と言いました。

当選の富札を当てる「第付」についても書いてあります。

第付とて一の富の出番を当て物にして、裡店(うらだな)女房・酒屋下児まで掠め銭を一銭二せん賭して当て物す。

一文は八文にして取る割合故、大欲の輩大金をもって賭するもあり。

「第付」というのは、一の富の当選番号を当てるものと書いてあります。

一文で購入できて、当たると八文が戻ってくるという割合であるため、裏店のおかみさんや小さな商店の小僧まで、これを購入し、大金を出して購入するものもいたと書いてあります。

この「第付」を売り歩く人は、当初は「富の出番」と言いながら売っていましたが、これが禁止されたので、「於波奈志々(おはなし、おはなし)」と言って売り歩いたと書いてあります。


 守貞謾稿に書かれている「富」の話は、これで終わりますが、江戸検を受けられる方は、近世風俗志(守貞謾稿)を読んでおくとよいと思います。






by wheatbaku | 2015-08-07 09:56 | 江戸の祭礼歳事
富くじの当選規定(江戸の祭礼と歳事)


 守貞謾稿では、富くじの当選規程について詳しく書いていますので、それについて説明します。

 守貞謾稿では、次のように書かれています。

 初一番錐の札には三百両、毎五番には十両、毎十番には二十両、五十番には二百両、百番突き畢り(おわり)の錐札には千両、以上二十一錐を節と云い、これを除きて二番より九十九番に至る間錐を平と云う。平錐七十九錐の札には金三両を与うなどの類なり。

 富くじの当選を決めるには、100回、錐で木札を突きます。

 その当選金は次のようになります。

 1番  300両

 2番~4番   3両程度

 5番    10両

 6番~9番   3両程度

 10番   20両

 以下49番までと51番から99番まで、同様に繰り返します。

 そして50番目が200両となり、最後の100番目の突き畢(おわ)りが千両となります。

 突き畢りは突留(つきどめ)とも呼ばれます。

 きりのよい、5番と10番、さらに1番と100番の錐は「節」と呼ばれます。

 それ以外の79個の錐は「平」と呼ばれます。

 これが当選賞金の基本ですが、これ以外の当選もあります。

 それについても守貞謾稿に書いてあります。

 またあるいは両袖附と号して、初錐より百番の突き畢りに至る毎札、前後の番に少金を与うもあり。

(中略)

 また記し違いと云うあり。紙札上の松竹梅等異(ちがい)にて、番数同じき者に少金を与うこと同前。

あるいは、袖も記し違い、甲子違い等、さらにこれなきもあり。突き畢りを突き止めと云う。


 一番錐から百番錐の当選札の前後の番号の札にもいくらかの賞金があたりました。
 この当選番号の前後賞は「両袖附」と呼ばれました。

 また、組違賞もあり、組違賞は「記し違い」と呼ばれました。


 さらに、「袖に記し違い」と書いてあるのは、前後賞の組が違う札も当選としたのでしょう。

「甲子違い」というなどういうものが不明です。

 富くじの当選規定も、時代を追うに従って、だんだん複雑なものになっていったようです。









by wheatbaku | 2015-08-06 09:29 | 江戸の祭礼歳事
守貞謾稿「富」(江戸の祭礼と歳事)

 富くじについては、守貞謾稿にも詳しく書かれていますので、ご紹介をします。

 

 守貞謾稿では、千両富を例にして説明してあります。

 千両富というのは、当たりくじの最高賞金額が千両の富くじをいいます。

 昨日紹介した落語の「富久」「御慶」「宿屋の富」では、最高賞金が千両として演じられる場合が多い様ですが、実際には、千両富というのは極めて珍しかったようです。
 「江戸の祭礼と歳事」に掲載された表を見てみると、千両富は一つもありません。
 賞金額は、300両、150両、100両が中心となっています。

 しかし、守貞謾稿では、千両富を例にしてありますので、それにそって説明したいと思います。

 千両富の富札がどうなっているか説明されています。

 千両富というは札数若干枚、これにあるいは松竹梅各幾万枚、あるいは春夏秋冬各幾十万枚と定め、この札1枚大略金一分ばかりにこれを売るなり。

 千両富の札数は数万枚売り出されます。それを松竹梅や春夏秋冬などの組に分けて、それぞれ数万枚ずつ売り出します。

 守貞謾稿では、春夏秋冬の方は幾十万枚としてありますが、幾万枚の間違いではないでしょうか。

 一枚の札は、大体金一分つまり一両の四分の一です。ですからかなり高額です。

 続いて、当選札の決め方について書かれています。

 売札は紙を用い、また別に桐の小札を六方箱に納め、小口を開き錐をもってこれを突上ぐるなり。

 富くじの売札つまり顧客が買う札は紙製です。しかし、当選を決める札は売札とは別の桐製の小さな札を、長方形の箱に入れて、小さな穴から錐でもって小札を突き刺して当選札を決めます。

 当選の賞金がどのようになっているかについても、守貞謾稿に書いてありますが、それを書いていると、ブログアップが遅くなるので、今日はここまでにします。

 近世風俗志(守貞謾稿)第1巻をお持ちの方は、388頁の「富」の項を読んでみてください。

 下の図は、東都歳事記に載っている谷中天王寺の富くじ興行の様子です。

 左ページでは、お坊さんが箱に入っている富札を錐で突いている様子が書かれています。

c0187004_11044614.jpg





by wheatbaku | 2015-08-05 11:02 | 江戸の祭礼歳事
江戸三富(江戸の祭礼と歳事)

 
 東都歳事記を見ると、8月の行事は八朔の次は、八幡宮の祭礼が大きな行事ですが、これは15日の行事で、少し間がありますので、歳事を離れて、今日は「富くじ」について書こうと思います。

 「富くじ」は、現代の宝くじにあたるもので、江戸時代は「富突(とみつき)」「富興行」とか呼ばれました。

「富くじ」を扱った落語には「富久(とみきゅう)」「御慶(ぎょけい)」「宿屋の富」などたくさんあります。

たまたま買った「富くじ」が「一の富」にあたり大喜びする江戸っ子がおもしく描かれていて、大変楽しいお話です。

これらの落語は、桂文楽、柳家小さんなどが演じていて、現在もYoutubeで聞くことができます。

 こうしたことから、江戸時代には富くじが大変さかんであったことがわかります。

 しかし、江戸時代を通じて、富くじが盛んであったわけではありません。

  

 富くじというと「江戸の三冨」が大変有名です。

c0187004_10031244.jpg「江戸の三冨」とは、谷中感応寺、湯島天神、目黒不動龍泉寺の3寺社で行われた富くじです。

しかし、この「三冨」が許可されたのは、文化9年のことです。

これは、寛永寺と輪王寺の寺院経営がうまくいかずに困窮していたために、この両山の救済のために許可されました。

そのため、「両山御救富」と呼ばれます。

そもそも「富くじ」は幕府の寺社助成策の一環として許可されたものです。

この「両山御救富」の興行場所として選ばれたのが、感応寺、湯島天神、目黒不動です。

これらは、すべて寛永寺の末寺です。

えっ 湯島天神は神社だから寛永寺の末寺ということはないんじゃないですか」と思う方が多いと思います。

ごもっともだと思います。

しかし、現在は神社と寺院は別になっていますが、江戸時代は神仏習合でした。

そいて神社と寺院が同じ境内にあるこが不思議ではありませんでした。

湯島天神の別当寺は「喜見院」というお寺でした。

この「喜見院」は寛永寺の末寺だったのです。
  なお、感応寺は、天保4年に天王寺と改称して、現在は護国山天王寺となっています。右上写真は、天王寺の毘沙門堂です。

以上から、江戸三冨は、すべて寛永寺の末寺であることがおわかりなると思います。

文化~文政年間にかけて、この「江戸三冨」では、盛んに富くじが行われ、富くじと言えば「江戸三冨」と言われるほどになりました。

落語の「富久」「御慶」「宿屋の富」が描いているのは、この時代の「富くじ」を描いているのです。





by wheatbaku | 2015-08-04 09:42
玉菊灯籠(江戸の祭礼と歳事)
 前回は、吉原の三大景容は何でしょうかという問いかけで終わりましたが、「江戸の祭礼と歳事」を持っている方、ご覧になりましたか?
 148 ページに書いてあります。
 吉原の三大景容とは「仲の町の桜」「玉菊灯籠」そして「俄」の三つです。
 「仲の町の桜」は桜の季節になると仲の町に本物の桜を移植して桜の通りにするというイベントです。
 これは多くの方がご存知だと思いますので、詳しくは説明しなくてもよいでしょう。

 しかし、「玉菊灯籠」は少し説明が必要なのではないでしょうか。

 「玉菊灯籠」の「玉菊」とは遊女の名前です。
 玉菊は、角町の中万字屋勘兵衛の抱えの諸芸に通じた才色兼備の太夫でした。
 そして、特に河東節の名手でした。
 この玉菊、享保11年に25歳の若さで亡くなりました。
 人柄がよく多くの人に好かれたことから、お盆に灯籠を飾って霊を弔いました。
 これが、玉菊燈籠の始まりです。

 東都歳事記には、六月晦日と七月十五日にそれぞれ書かれています。

六月晦日 今夜より吉原仲の町両側の茶屋にて家毎に揃の灯篭を出す。(中略)
廓中灯籠の始りは、角町中万字屋の名妓玉菊といへるが3回忌の追善にとて、享保13年七月に、島の切子とうろう出しける。(後略)


七月十五日 吉原仲の町、燈籠を飾りあらたむ。但し、当月晦日に至る後の灯篭をなづけて、家々好みの灯籠を出し、一際(ひときわ)見事に飾るなり。

 

 そして、「吉原灯籠」と題されて下図のような挿絵が載せられています。
c0187004_10025956.jpg
 廓の内から見た仲の町の様子です。 右ページの中ほどに見えるのが大門です。







by wheatbaku | 2015-08-03 09:59
  

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
プロフィールを見る
更新通知を受け取る
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
以前の記事
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
ブログジャンル
歴史
日々の出来事