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江戸検お題問題解説その4(新江戸百景めぐり番外④)

江戸検お題問題解説その4(新江戸百景めぐり番外④)

江戸検お題問題解説その4は、16問から20問まで解説します。

これまでの問題は、すべてお題テキスト『新江戸百景めぐり』(小学館刊)(以下お題テキストといいます。)から正解がわかる問題でしたが、今日解説する18問だけはお題テキストを読んだだけではわかりませんので、苦労された方も多いだろうと思います。

16】次にあげるのは、徳川将軍家ゆかりの寺とその説明です。正しいものはどれでしょう?

 い)寛永寺には、秀忠ら6人の将軍が葬られている

 ろ)護国寺には、家光が寄進した惣門が現存している

 は)伝通院には。家康の生母・於大の方の墓所がある

 に)鵬祥院は、秀忠の娘・千姫の発願で創建された

これらは、すべて、お題テキストに関連することが書かれています。

い)お題テキストの96ページは寛永寺についてですが、寛永寺には6人の将軍が埋葬されていますが、秀忠は増上寺に埋葬されていますので、これは間違いです。

 ろ)お題テキストの95ページは護国寺について書いてあります。 この中で、護国寺の惣門は、綱吉と母桂昌院の御成りのためにつくられた門だと書かれています。従って、ろ)は間違っています。

は)お題テキストの94ページに伝通院について書いてあり、問題文は正しいので、これが正解です。

に)お題テキストの94ページに麟祥院について書いてありますが、麟祥院は春日局が創建したお寺ですので、これも間違いです。

 

17】徳川家の祈願所だった穴八幡宮で行なわれる行事で、8代将軍吉宗が世嗣の疱瘡平癒祈願のために奉納したことに始まるものは何でしょう? 現在は、近くの戸山公園に場所を移して行なわれています。

 い)獅子舞    ろ)薪能  
 は)梯子乗り   に)流鏑馬

 これもお題テキストの90ページに書かれています。に)の流鏑馬が正解です。

18】池上本門寺は日蓮聖人終鷲の地に建てられた日蓮宗の名刹です。江戸時代には、庶民の信仰を集めるとともに、幕府や諸大名の寄進も多く、格式を誇りました。元禄期(16881704)の建立と伝えられる総門の扁報は、著名な文化人の筆跡ですが、それは誰でしょう?

 い)狩野探幽   ろ)松花堂昭乗 
 は)本阿弥光悦  に)三井親和

 この問題は、お題テキストを読んでいただけでは正解が分らないので難しかっただろうと思います。

 この正解は、は)の本阿弥光悦です。

 池上本門寺の公式ホームページに書かれていますし、扁額の写真も載っていますので、ホームページで確認してください。

 下写真が、現在の本門寺の惣門ですが、本阿弥光悦の扁額は、霊宝殿に所蔵されていて、惣門に掲げられているものは複製です。

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 このことを知らなくて、どう正解を導くかですが、そのヒントを書いておきます。

 まず、い)狩野探幽 は、絵師ですので、これはないだろうということになります。次いで、に)三井親和は、元禄年間に生まれ、江戸時代中期に活躍した人ですので、この人もないだろうということになります。ここまでは、『江戸博覧強記』に書いてあるレベルの知識でわかると思います。

 そこで、残るのは二つです。松花堂昭乗も本阿弥光悦も寛永の三筆の一人で、この二人が候補となります。

そこで、どちらかということになりますが、これからは、松花堂昭乗と本阿弥光悦に関する知識がどれだけあるかによります。

松花堂昭乗は、男山石清水八幡宮の社僧であったことや真言密教を修業したことを知っていれば、この人が日蓮宗の本門寺の額を書くことはないだろうという推測がたちます。

また、本阿弥光悦が熱心な日蓮宗信者であったことを知っていれば正解はわかります。また、そこまで知らなくても日蓮宗が京都の町衆の多くに信仰されたことを知っていれば、本阿弥光悦は日蓮宗の信者だろうという推測がたち、そこから、正解を導き出すこともできます。

いずれにしても、お題テキストに書かれていること以外の知識が必要ですので、難しい問題だったと思います。

       

【19】下の4枚の絵は、いずれも「江戸名所図会」のものです。では、神田明神の祭礼を描いたものはどれでしょう?

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 これらの絵はすべてお題テキストに掲載されている絵です。
 従って、丹念にお題テキストをよく読んでおけば、正解がわかる問題です。

い)は、お題テキスト115ページの神田明神の中に載っています。従って、これが正解です。

ろ)は、お題テキスト132ページの日枝神社の中、は)は、お題テキスト136ページの芝神明宮の中に載っています。 に)は、お題テキスト141ページの品川宿の中に載っている「品川牛頭天王神輿洗の図」です。

 また、神田祭が、江戸時代には9月15日に行われていたことを知っていれば、い)の挿絵の右上に9月15日と書いてあるので、それから、い)が正解だとわかります。

20】品川宿一帯には、多くの寺社がありました。では、次の寺社についての説明で、間違っているものはどれでしょう?

 い)海晏寺一紅葉の名所として知られた

 ろ)品川神社一境内の鯨塚が有名だった

 は)品川寺一江戸六地蔵の第1番だった

 に)寄木神社一伊豆長八の鏝絵が現存する

 これらの選択肢は、すべてお題テキストの140ページ~141ページに載っています。ここを読んでいれば、正解は簡単に分かったと思います。

 鯨塚があるのは、品川神社ではなく利田(かがだ)神社ですので ろ)が間違っています。

以上で、江戸文化歴史検定の「今年のお題」関連の問題についての解説を終わりにしますが、お題テキストを読み込んでいれば、正解がわかる問題が大半であったということがお分かりいただけたことと思います。


by wheatbaku | 2019-11-05 13:08 | 新江戸百景めぐり
江戸検お題問題解説その3(新江戸百景めぐり番外③)

江戸検お題問題解説その3(新江戸百景めぐり番外③)

江戸検お題問題解説その3は、11問から15問まで解説します。これらの問題は、お題テキスト『新江戸百景めぐり』(小学館刊)(以下お題テキストといいます。)から正解がわかります。


11】江戸に入った徳川家康が隅田川に初めて架けた橋が、千住大橋です。この橋の杭には、伊達政宗が寄進した水に強く腐食しにくい材木が用いられ、明治時代まで長持ちしたといいます。その橋杭に使われた木は何でしょう?

 い)榎   ろ)黒松  は)高野槙   に)檜

 お題テキストの62ページに、千住大橋の橋杭には高野槇が用いられたと書いてありますので、正解は 4) です。

 千住大橋には現在も3本の高野槇が残されているとのことで、隅田川の水位が下がる時には姿を現すと千住大橋に設置されている説明板(下写真)に書いてあります。

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説明板のタイトルは「水面に浮かぶ三個のブイの謎」と書かれていて。丁寧に説明されています。

下写真のブイがある場所が高野槇がある場所だそうです。

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 また、京成線千住大橋駅の駅前には、高野槇が植えられています。(下写真)

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12】家康が開削させた小名木川は、旧中川と隅田川を東西に結ぶ運河です。その後、本所・深川では、小名木川と直行する運河も整備され、大きく発展していきます。では次のうち、小名木川と直交するのはどれでしょう?

 い)大横川  ろ)仙台堀川  は)竪川  に)平川

お題テキストの55ページに「南北方向の横十間川および大横川と直交している」と書いてあります。
 従って、正解は い) です。

 念のため、お題テキストの20~21ページに載っている深川の地図を見ておいてください。大横川と横十間川が南北に流れて小名木川と直交し、仙台掘川が小名木川と並行して東西に流れていることがわかると思います。

13】江戸の橋は、陸路と海路の結節点であり、人が集まる名所にもなっていました。では、『江戸名所図会』に〈此所は諸国への廻船輻輳の要津たる故に橋上至て高し〉と記されている橋は、どれでしょう?

 い)永代橋  ろ)千住大橋  は)日本橋  に)両国橋

 選択肢となっている橋は、それぞれ、お題テキストで、次のページで説明されています。

 い)永代橋 67ページ   ろ)千住大橋  62ページ 

 は)日本橋 60~61ページ 
 に)両国橋 64~65ページ

 しかし、どのページにも、江戸名所図会の説明はされていません。
 そこで、江戸名所図会に書いてある文章とお題テキストのそれぞれの説明を比較してみます。

 江戸名所図会で強調しているのは、「橋上至て高し」と書いてある通り橋が高いということです。そこで、高い橋がどの橋かを探すと、67ページの永代橋の説明に、「永代橋は、橋の下を船が余裕をもって通れる高さが必要で、橋脚が高い永代橋は見晴らしが良かった」と書いてあります。

 この説明から、正解は い) ということがわかります。

 ちなみに、ちくま文庫「新訂江戸名所図会Ⅰ」の188ページにある永代橋の中で問題文に採用された文章が書かれています。

14】新大橋を描いた歌川広重の『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』は、ゴッホが模写したことでも知られる作品です。面題にある「あたけ」とは新大橋の東側にあった地名ですが、その由来はどれでしょう?

 い)この地にあった船番所の通称

 ろ)この地の名産だった野菜の通称

 は)ここに砦を築いた太田道灌の家臣の名前

 に)ここに係留されていた幕府の軍船の名前

これも正解がお題テキスト66ページに書いてあります。  

お題テキスト66ページには、「幕府の木造大型軍船(安宅丸)がこの地の船蔵に係留されていたことから、その名でよばれる」と書いてあります。そこで、 正解は に) です。

15】隅田川には多くの渡しがありましたが、山谷堀と三囲神社を結ぶ渡しは、何と呼ぱれたでしょう? 山谷堀にあった料亭の名前に由来する名称です。

 い)有明の渡し   ろ)亀屋の渡し

 は)竹屋の渡し   に)平清の渡し

 これも正解がお題テキスト125ページに書いてあります。正解は は)竹屋の渡し です。

 お題テキストには、竹屋の渡しについては、ほとんど説明されていませんので、ここで少し説明をしておきます。

 竹屋の渡しは、山谷堀と三囲神社を結ぶ渡しで、渡しの下流に言問橋が架かった昭和4年まで営業していました。

現在は、隅田公園山谷堀広場に竹屋の渡し跡の石碑が建てられています。(下写真)

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山谷堀に竹屋という船宿があったことから、その名前がついたとされています。隅田川の渡しで地名がついていない渡しは珍しいそうです。渡しがいつ設けられたかは不詳です。

向島から渡し舟に乗るには、土手下から川向うの渡し舟を、大声で呼ばねばなければならす、『たけや!』と呼ぶ声は、多くの人に知られていたようです。
 次のように長唄の文句にもとり入れられています。

「はるか向ふを竹屋と呼ぶ声に、山谷の堀を乗り出す」(長唄『船揃』)

「土手の錦も花の空、竹屋、竹屋と呼ぶ舟に乗合せたる猿廻し」(長唄『籾猿』)

また、三囲神社側には 「都鳥」という茶屋があって、そこのお美代という女将がいて、「たけや~」といって渡し舟を呼ぶ声が美しいと評判だったという話も伝えられています。



by wheatbaku | 2019-11-02 17:24 | 新江戸百景めぐり
江戸検お題問題解説その2(新江戸百景めぐり番外②)

江戸検お題問題解説その2(新江戸百景めぐり番外②)

  今日は、江戸検のお題解説の2回目です。今日は、6問から10問まで解説します。

 この中では、6問が難しいと思いますので、丁寧に解説します。

それ以外の問題は、お題テキスト『新江戸百景めぐり』(小学館刊)をよく読んでいれば、正解は導き出せる問題です。

【6】江戸には高い建物がなかったこともあり、眺望に恵まれた山が行楽地となりました、では、『江戸名所図会』に(見落ろせぱ、三条九陌の万戸千門は、甍をつらねて所せく、海水は渺焉とひらけて、千里の風光を貯へ、もっとも美景の地なり〉と記されている山は、どれでしょう?

い)飛鳥山   ろ)愛宕山   

は)道灌山   に)待乳山

 この問題は、お題の問題の中では、難しいほうの問題だと思います。

そもそも、問題文の中の『江戸名所図会』に書かれている内容が、難しいと思う人が多いと思います。 

 この文章は、ちくま文庫「新訂江戸名所図会1」の「愛宕山権現社」の項(263ページ)に載っています。正解は ろ)愛宕山 です。

 しかし、『江戸名所図会』の該当部分を読んである人はほとんどいないと思います。そこで、お題テキストから正解がわかるかですが、お題テキストの愛宕山の中で、『江戸名所図会』を引用した説明はされていません。 

ですから、お題テキストから直接正解はわかりません。しかし、前述の『江戸名所図会』の文章と四つの選択肢について説明している以下のページの挿絵・写真とを比べると正解がわかります。

 い)飛鳥山―30ページ、52~53ページ 
 ろ)愛宕山―48ページ  は)道灌山―54ページ  
 に)待乳山―106ページ

 『江戸名所図会』の文章は、なかな読むのが難しいのですが、そののなかの①「甍をつらねて所せく」と②「海水は渺焉(びょうえん)とひらけて」に注目します。

 まず、①「甍をつらねて所せく」とは、多くの家並が建ち並んでいるということを意味しています。また②「海水は渺焉とひらけて」は海が見えるということだろうと推測できます。
 そこで、選択肢のなかから海が見えそうな山をさがします。すると飛鳥山や道灌山は内陸部だから無理、待乳山は隅田川が見えるが、隅田川は海ではないから、海が見える山となれば、ほぼ ろ)愛宕山だろうとなります。
 さらに、山頂から多くの家並が見える山を探すには、お題テキストの前述の四つの選択肢を説明しているページの挿絵や写真が参になります。
 い)飛鳥山について30ページの名所江戸百景「飛鳥山北の眺望」をみると人家は見えません。
 は)道灌山について54ページの江戸名所図会「道灌山聴虫」を見ると人家がありません。
 に)待乳山について106ページの「東都名所 真土山之図」を見ると人家はありますが、密集しているほどではありません。
 ろ)愛宕山について、48~49ページのベアトの写真を見ると、明らかに、人家が密集しているのがわかります。
 以上から、山頂から見下ろして山の麓に人家が建ち並んでいるのは ろ)愛宕山 しかありません。
 ですから、正解は ろ)愛宕山 で間違いないということになります。

 こうしたことから、この問題の正解は、お題テキストには直接書かれていませんが、お題テキストの挿絵と写真をよく見ていれば、正解を導きだすことができる問題です。難しい問題ですが、よく工夫した問題だと思います。

【7】次に示すのは、幕府の施設とその位置の組み合わせです。間違っているものはどれでしょう?

 い)金座一日本橋の北西    

ろ)小塚原刑場一千住宿の北  

は)猿江御材木蔵一深川の横十間川西岸

 に)鈴ヶ森刑場一品川宿の南

 これは、選択肢となっている四景について説明しているページを読んだうえで、巻頭部分にある地図を見てあれば解ける問題です。

 い)金座一日本橋の北西  
 説明は73ページ、地図は7ページに書いてあります。これには間違いありません。

 ろ)小塚原刑場一千住宿の北  
 説明は161ページ、地図は17ページに書いてあります。
 小塚原刑場は千住宿の北でなく南にありますので、これが間違っています。

 は)猿江御材木蔵一深川の横十間川西岸 
 説明は71ページ、地図は20ページに書いてあります。これには間違いありません。

 に)鈴ヶ森刑場一品川宿の南 
 説明は160ページ、地図は25ページに書いてあります。これには間違いありません。

 以上より、正解は ろ) となります。

 

【8】幕府が全国の募領から集めた米を管理・保管するために設けたのが、浅草御蔵です。では、浅草御蔵についての次の記述のうち、間違っているものはどれでしょう?

 い)隅田川の西岸にあった

 ろ)4本の船入堀が設けられた

 は)勘定奉行配下の蔵奉行が管轄した

 に)30万石以上の米を保管することができた         ’

浅草御蔵について説明したある69ページに、四つの選択肢の内容が書いてあります。 浅草御蔵の船入堀は、8本ありましたので、 3)が間違っていることなり、正解は ろ) です。

【9】千鳥ヶ淵が整備されたのには、江戸城の防御のためだけでなく、もうひとつ別の目的もありました。それは、次のうちどれでしょう?

  い)火災の延焼を防ぐため  
  ろ)食用の魚を養殖するため

  は)水害を防ぐため     
  に)生活用水を確保するため

 千鳥ヶ淵について説明したある42ページに、四つの選択肢の内容が書いてあります。それによれば、 に)生活用水を確保するため  が正解です。

10】下の絵は、葛飾北斎の「冨嶽三十六景 武陽佃島」です。画面中央の島の右側が佃島の漁師町ですが、その左の木が茂っているところは、どこでしょう?

 い)石川島  ろ)永代島  は)越中島  に)月島

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問題となっている葛飾北斎の「冨嶽三十六景 武陽佃島」は、お題テキスト47ページに載っていて、同じページに説明してある通りで、い)石川島が正解です。



by wheatbaku | 2019-10-31 13:58 | 新江戸百景めぐり
江戸検お題問題解説-その1(新江戸百景めぐり番外編①)

江戸検お題問題解説-その1(新江戸百景めぐり-番外編①))

 昨日実施された江戸検を受検された皆さん、お疲れ様でした。

めでたく合格ラインを越えた人おめでとうございます。また、惜しくも合格ラインに達しなかった人、とりあえず一休みして英気を養ってから、来年も是非挑戦してください。

 さて、江戸検の今年のお題は『新江戸百景めぐり』で、このブログでも連載してきました。この今年のお題は、私自身関心が高いテーマでしたので、江戸検の問題を入手して、挑戦しながら内容を分析してみました。

 その結果、お題の問題20問のなかで、お題のテキスト『新江戸百景めぐり』(小学館刊)から出題されている問題が19問ありました。

 従って、お題テキスト『新江戸百景めぐり』(小学館刊)を読み込んでいた人は、お題に関係する問題は、比較的良い成績がとれただろうと思います。

 しかし、その一方で今年の問題は難しかったという声も届いています。

 そこで、数回に分けて、お題の問題がお題テキスト「新江戸百景めぐり」(小学館刊)のどこから出題されているか解説していきます。とりあえず、初回は、1問から5問まで解説します。

【l】右(このブログでは下)の絵は、歌川広重『名所江戸百景』の1枚です。画面奥に描かれている池は上野不忍池ですが、手前に描かれた鳥居ほどこの鳥居でしょう?

    い)神田明神   ろ)根津権現 
    は)不忍池弁天堂 に)湯島天神

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 この問題は、お題テキスト『新江戸百景めぐり』(小学館刊)(以下はお題テキストと略します)の110ページに、そのまま載っていますので、正解は に)です。

 湯島天神に上がる坂には男坂と女坂がありますが、上画像の右隅の坂が男坂で、絵の正面に描かれているのは女坂です。なお、上画像は国立国会図書館のHPから転載させていただきました。


 今回は、絵に関する問題が多いのではないかと8月に開講した「合格虎の巻講座」の受講者の皆さんにお話ししておきましたが、案の定、絵に関する問題が4問出題されていますが、この問題もその一つです。
 

【2】次にあげるのは、大名庭園の名残をとどめる庭園と、
そこにある施
設の組み合わせです。間違っているものは
どれでしょう?

   い)旧芝離宮恩賜庭園一玉藻池  
   ろ)小石川後楽園一九八屋

   は)肥後細川庭園一松聾閣  
   に)六義園一出汐の湊

 いきなり、答えるのは難しい問題だと思いますが、4つの選択肢は、次の通り、全てお題テキストに載っています。

 い)旧芝離宮恩賜庭園一玉藻池 
   玉藻池は、お題テキスト83ページに載っているごと
  く新宿御苑内にある池です。これが間違いです。
   なお、芝離宮恩賜庭園については82ページで説明さ
  れていて、大山・大島、石柱が取り上げられています。

 ろ)小石川後楽園一九八屋  
   お題テキストの85ページに載っています。

 は)肥後細川庭園一松聾閣  
   お題テキストの87ページに載っています。  

 に)六義園一出汐の湊    
   お題テキストの86ページに載っています。

今回の問題は、この第2問と同様に、お題テキストの4ヶ所から選択肢を作成するという形式の出題が多いように思います。この形式の問題は、1ヶ所だけでなく4ヶ所までよく読んでいないと正解がわからないということになります。そのため、幅広い知識が求められることになります。

【3】梅と萩の名所として知られる「向島百花園」は、文化
  元年(1804)に開園した花園がもとになっています。
  では、ここを「百花園」と名付けたのは、誰でしょう?

   い)画家の酒井抱一   は)俳人の宝井其角 

ろ)骨董商の佐原鞠鳩  に)文人の大田南畝

この問題は、お題テキストの126ページの本文に、そのまま載っています。正解は い)です。お題テキストをしっかり読んでいる人にはすぐにわかった問題だったと思います。

なお、選択肢の は)俳人の宝井其角は、元禄時代に活躍した人ですので、まず選択肢から外れることになります。ろ)骨董商の佐原鞠鳩は、「向島百花園」を作った人、に)文人の大田南畝は、「花屋敷」の扁額を書いています。
 下写真は向島百花園の入り口です。

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【4】現在多くの参拝者でにぎわう寺社のなかには、江戸時
  代の建物が残っているところも少なくありません。では
  次のうち、最も古い建物はどれでしょう?

    い)赤坂氷川神社の社殿  ろ)王子稲荷の拝殿

    は)泉岳寺の山門     に)根津権現の楼門

 4つの選択肢の建立時期は全て、お題テキストに明確に載っていますので、選択肢の順に書いていきます。

い)赤坂氷川神社の社殿 
     享保15年(1730) 
     お題テキスト134ページに載っています。

  ろ)王子稲荷の拝殿   
     文政5年(1822)  
     お題テキスト149ページに載っています。

  は)泉岳寺の山門    
     天保3年(1832)  
     お題テキスト153ページに載っています。    

  に)根津権現の楼門   
     宝永3年(1706)  
     お題テキスト112ページに載っています。

 建立年をみていただいてわかるように、最も古い建物は に) ということになります。

 この問題も第2問と同様に、4ヶ所を理解していないと解けない問題ということになります。

【5】下の絵は、歌川広重『東都坂尽』のうちの1枚です。
  富士見の名所として知られ、坂の上の茶屋が人気だった
  この坂は、どこでしょう?

  い)神楽坂      ろ)九段坂  
   は)日暮里富士見坂  に)目黒行人坂

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(上画像は国立国会図書館のHPからの転載です。)

 お題テキスト51ページに載っている絵がそのまま出題されています。正解は に)です。
 お題テキストをよく読んで、この絵にも注目した人にとっては簡単な問題だったと思います。      
 
 




by wheatbaku | 2019-10-28 18:46 | 新江戸百景めぐり
『江戸検1級合格虎の巻』講座の追加開講のご案内

『江戸検1級合格虎の巻』講座の追加開講のご案内


8月5日の『江戸検1級合格虎の巻』講座が近づいたきたため、最後の準備に追われている日々です。

 8月5日の講座が早期に満員になったため、8月19日に追加して開講する ことにしました。
 しかし、こちらの8月19日の講座は、まだ、空席があるとのことです。
 今回の講座は、今まで数年にわたって開講していた私の江戸検1級合格のための対策講座の集大成となる講座です。
 こうした江戸検対策講座は、今年限りで終わりにする予定です。
 今年、1級合格をめざす方、ぜひともお申込みください。


   これを聞けば合格に必ず近づく! 

    『江戸検1級合格虎の巻』 

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 下記の江戸楽アカデミーのホームページに追加講座の内容および申込方法がが書かれていますのでご覧ください。
  江戸楽アカデミー講座ご案内

 

【追加講座内容】

1、開催日時 8月19日(日)13:3015:30

2、講座名  

 これを聞けば合格に必ず近づく! 

 『江戸検1級合格虎の巻』

3、講座説明 

 江戸検勉強グループ「獏塾」を主宰し40人の江戸検1級合格者を輩出した講師が、そのノウハウをすべて公開。過去の経験・実績を集大成した「江戸検1級合格虎の巻」をもとに「こうすれば合格できる」という勉強方法や心構えなど合格のためのポイントを伝授します。合格を目指すなら是非聴いておきたい講座です。










by wheatbaku | 2018-07-30 15:10 | 江戸講座
『江戸検1級合格虎の巻』講座の追加開講のご案内

『江戸検1級合格虎の巻』講座の追加開講のご案内

先日ご案内した下記タイトルの講座ですが、おかげ様で、短時日で満員となりました。

 そこで、8月19日に追加して開講する ことにしました。
 8月5日の講座に間に合わなかった方など多くの方にお申込みいただきますようお願いします


   これを聞けば合格に必ず近づく! 

    『江戸検1級合格虎の巻』 

c0187004_20074189.jpg

 過去4年間、江戸検1級を受検する人たちの応援をさせていただき、延べ40人の方が合格されましたが、江戸検1級受検の応援をするなかで、いろいろな経験を重ねて、こうすれば必ず合格できるというノウハウを蓄積することができました。

 今回の講座では、それら合格のためのノウハウをすべてお知らせします。そして、多くの方に合格していただけるようになって欲しいと思っています。

 「今年、江戸検1級に合格したい!」と思っている方、ぜひお申込みください。

 下記の江戸楽アカデミーのホームページに追加講座の内容が書かれています。
  江戸楽アカデミー講座ご案内

 お申込みは先着順となっていますので、お急ぎの方は申込用紙を下記ホームページの中程の「受講申込書の入手方法」からダウンロードしてFAXで送信される方がよろしいと思います。
  江戸楽アカデミー公式ホームページ

【追加講座内容】

1、開催日時 8月19日(日)13:3015:30

2、講座名  

 これを聞けば合格に必ず近づく! 

 『江戸検1級合格虎の巻』

3、講座説明 

 江戸検勉強グループ「獏塾」を主宰し40人の江戸検1級合格者を輩出した講師が、そのノウハウをすべて公開。過去の経験・実績を集大成した「江戸検1級合格虎の巻」をもとに「こうすれば合格できる」という勉強方法や心構えなど合格のためのポイントを伝授します。合格を目指すなら是非聴いておきたい講座です。


by wheatbaku | 2018-06-05 20:09 | 江戸講座
『江戸検1級合格虎の巻』講座のご案内

『江戸検1級合格虎の巻』講座のご案内

秋の江戸検1級を受検する人を対象として8月5日に開講する下記タイトルの講座の講師をさせていただきますので、今日は、この講座のご案内をさせていただきます。

  これを聞けば合格に必ず近づく! 

  『江戸検1級合格虎の巻』 

 過去4年間、江戸検1級を受検する人たちの応援をさせていただき、延べ40人の方が合格されましたが、江戸検1級受検の応援をするなかで、いろいろな経験を重ねて、こうすれば必ず合格できるというノウハウを蓄積することができました。

 今回の講座では、それら合格のためのノウハウをすべてお知らせします。そして、多くの方に合格していただけるようになって欲しいと思っています。

 「今年、江戸検1級に合格したい!」と思っている方、ぜひお申込みください。

 江戸楽アカデミーのご案内はすでに発送されていますが、下記ホームページにも講座の内容が書かれています。
  江戸楽アカデミー講座ご案内

 お申込みは先着順となっていますので、お急ぎの方は申込用紙を下記ホームページの中程の「受講申込書の入手方法」からダウンロードしてFAXで送信される方がよろしいと思います。
  江戸楽アカデミー公式ホームページ

【講座内容】

1、開催日時 8月5日(日)13:3015:30

2、講座名  

これを聞けば合格に必ず近づく! 

『江戸検1級合格虎の巻』

3、講座説明 

 江戸検勉強グループ「獏塾」を主宰し40人の江戸検1級合格者を輩出した講師が、そのノウハウをすべて公開。過去の経験・実績を集大成した「江戸検1級合格虎の巻」をもとに「こうすれば合格できる」という勉強方法や心構えなど合格のためのポイントを伝授します。合格を目指すなら是非聴いておきたい講座です。



by wheatbaku | 2018-06-01 10:15 | 江戸講座
江戸検当日の対策(江戸検お役立ち情報⑥)

 いよいよ、江戸検本番が明日となりましたね。

 「今年は絶対合格したい」と頑張っている方、「去年よりよい成績がとりたい」と思っている方、「今年はもうだめだ」と思っている方、人それぞれだと思います。

 ともかく、明日江戸検が終了すれば解放されますので、ぜひ頑張ってください。

 そこで、今年最後の江戸検受検のためのお役立ち情報として「当日の受検対策」をいくつか書いてみます。

1、自信をもって臨む

 多くの方が、今まで相当の努力をしてきていると思います。

 努力をしている方はその努力に自信をもつことだと思います。

 日々の勉強の積み重ねは馬鹿にできるものではありません。

 そうした努力をされてきているわけですので、自信を持って挑戦しましょう!

 やはり、自信と強気のチャレンジ精神で臨むことが大切だろうと思います。

2、最後まで暗記する努力をする

 江戸検で点数をかせぐポイントは、しっかり暗記しているかどうかです。

 ですから、暗記する努力を試験の直前まで行うことが大切だと思います。

 監督官から「机の上のものをしまうように」という指示があるまで、一生懸命暗記しましょう。

 本やノートを見ていることは、恰好悪いことではありませんし、恥ずかしいことではありません。堂々と直前まで暗記しましょう。 

 

3、試験冒頭にわからない問題が出ても動揺しない

 最初の問題は結構大切だと思います。

 正解が連続してわかれば、リズム良く解いていけますが、わからない問題が続くとショックがあるものです。

 そうした場合、ショックを引きずらないようにすることが大切ですね。

そこで、ショックをやわらげて、自分なりの気持ちの切り替え方を準備しておくことが必要ではないでしょうか。

 私は、最初に1級を受けた際に、第1問の「大樹寺の将軍の位牌の大きさの基準となる長さを問う問題」と第2問の「甘い物が大好きな将軍の名前を問う問題」で、2問ともわからず、大変あせりました。

 そこで、2回目は、わからない問題は、深く考えずに、すぐに次の問題に移るようにしました。

 切り替え方は、人それぞれですので、ご自分にあう方法を準備されるとよいと思います。

4迷ったら最初に思い浮かんだ答えを書くのがいい
 問題解法のコツについて2期会の人が「迷ったら最初に思い浮かんだ答えを書くのがいい」というアドバイスを教えてくれました。
 私も、何回か経験があり、「もっともだ!」と思いますので紹介します。

 正解を見つけ出す時に、選択肢2つまでは絞り込めることが多いのですが、最後の絞り込みができないケースがままあります。

 そうした場合には、よく迷って、一旦出した回答を変えようとすることが多いですよね。

そうした場合、最初にこれだと決めた選択肢が正解であることが多いので、「あぁだこぉだ」と迷ったあげく最初の回答を変えるということはやめた方がいいということです。

ただし、明らかに最初の回答が間違っていると確信できる場合には、回答を変える必要があるのは言うまでもありません。

5、選択肢の正解割合はほぼ同じ
  回答が最後までわからない場合には、いずれかの選択肢を正解として選択することになります。その際に、いわゆる「鉛筆ころがし」をせざるをえない場合があると思います。
 過去9回の選択肢の正解の割合は次のようになっています。

 い)24.7%  ろ)24.7%
 は) 25.3%  に) 25.3%

 つまり、どの選択肢もほぼ均等に正解となっているということになります。

 ただし、「筆ころがし」をしても、本当の知識にはなりませんので・・・(もちろん、おわかりのことだと思いますが)


 以上、思いつくままに、試験当日の対策を書きましたが、ともかく全力でチャレンジすることが大切ではないでしょうか

 (最後だと思って、夜遅くまで頑張る方もいらっしゃるかもしれませんが、できれば)今晩は、早めに寝て、準備万端で、江戸検に臨んでください。 

 受検される皆様全員、良い成績がとれるよう祈念しています。
 頑張ってください!!




by wheatbaku | 2015-11-02 08:30 | 江戸検定
官職名を理解しよう(江戸検お役立ち情報⑤)

 江戸検の本試検まで、4日になり、明日・明後日は、江戸検前の最後の土曜日・日曜日となりました。

 受検される皆さん、頑張ってください。

 江戸検お役立ち情報、今日は官職名について書いてみたいと思います。

 江戸検の書取問題では、過去に、(井伊)掃部頭、(浅野)内匠頭、吉良上野介、(大石)内蔵助など、官職名を問う問題が出ています。

 また、有名な南町奉行大岡忠相は大岡越前守、北町奉行遠山金四郎も遠山左衛門尉と官職名で呼ばれることがあります。

 

 「掃部頭」「内匠頭」「越前守」を「かもんのかみ」「たくみのかみ」「えちぜんのかみ」と読めるけれど、どうして「頭」や「守」を「かみ」と読むのだろうと素朴に疑問に思う人もいると思います。

 また、「上野介」と「内蔵助」の場合は、なぜ「すけ」を「介」と「助」と書き分けるのだろうと不思議に思う人もいると思います。

 今日は、この疑問に答えてみようと思います。

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 貴族が政権を握っていた「律令制」の時代の官制では、官職を長官・次官・判官(三等官)・主典(四等官)の4階級に分けて、長官を「かみ」、次官を「すけ」、判官(三等官)を「じょう」、主典(四等官)を「さかん」と呼んでいました。

 これを「四等官(しとうかん)」と言います。

 

 「四等官」の読み方は、どの役所でも「かみ・すけ・じょう・さかん」と呼びます(多少の例外あり)が、表記は組織によって異なる漢字で書いていました。

 代表的な役所である「省」「寮」「国司」で説明すると、「省」は「卿・輔・丞・録」、「寮」では「頭・助・允・属」、国司は「守・介・掾・目」と書いていました。

 「省」には、中務省、式部省、民部省、治部省、兵部省、大蔵省、宮内省の八省がありました。

 「寮」には、掃部寮、内匠寮、内蔵寮、雅樂寮、大学寮、主水寮、主税寮、主殿寮、大炊寮などがありました。

 「掃部頭」は「掃部寮」の長官、「内匠頭」は「内匠寮」の長官、「内蔵助」は「内蔵寮」の次官、「雅樂頭」は「雅樂寮」の長官ということになります。

 

 国司は、68か国あった各国の役人で、長官の「守」は現在の県知事にあたり、次官の「介」は副知事にあたります。

 そのため、「越前守」は、越前国の長官すなわち県知事ということになります。

 「上野介」は、上野国の次官すなわち副知事ということになりますが、実は、上野国、上総国、常陸国の三国は「親王任国」といって、親王が長官になることになっていました。 

しかし、親王は、京都に滞在し三国に赴任することがほとんどなかったため、次官の「介」が実質的に長官でした。

 つまり「上野介」は、実質的な「上野国」の長官つまり県知事でした。

 ですから、「上野介」が「越前守」より格が低いということはないと考えてください。
 現に、徳川家康の側近で幕府初期の重鎮であった本多正純の官職名が「上野介」でした。また、佐倉惣五郎に苛政を訴えられた佐倉藩の藩主堀田正信も「上野介」を名のっています。

 長官名は「かみ」と呼ばれますが、例外があります。
 それが「職(しき)」と呼ばれる役所の長官名で、「職」の長官は「かみ」でなく「だいぶ」と呼ばれます。
 「職」には、大膳職、京職(左右あり)、修理職などがあります。
 この長官は、「だいぶ」と呼ばれ「大夫」と書きます。
 「たいふ」でなく「だいぶ」と濁りますし「たゆう」でもないので読み方は注意してください。
 次官以下は「亮・進・属」と書いて、基本通り「すけ・じょう・さかん」と読みます。
 「花燃ゆ」にしばしば登場した長州藩主毛利敬親の官職名は「大膳大夫
(だいぜんだいぶ)」で「大膳職」の長官です。


最後に遠山金四郎の官職名「左衛門尉」について書いておきます。

律令制下では、皇居を守る軍事組織に「近衛府」「衛門府」「兵衛府」があり、それぞれ左右に分かれていて、総称して「六衛府」と呼ばれていました。

この組織のうち「衛門府」と「兵衛府」の四等官の呼び名も「かみ・すけ・じょう・さかん」で、その字は「督・佐・尉・志」と書きました。

これでもう想像がつくと思いますが、「左衛門尉」というのは「左衛門府」の三等官「尉(じょう)」という官職名です。

 律令制下の官職については、細かいことが多々あるようですが、とりあえず江戸検に必要と思われることだけ書いてみました。江戸検を受検される皆さんのお役にたてば幸いです。


 


by wheatbaku | 2015-10-30 09:56 | 江戸検定
十干を覚えよう(江戸検お役立ち情報④)

 今日も、江戸検お役立ち情報を書いていこうと思います。

 今日は、十干(じっかん)について書きます。

 十干(じっかん)は十二支と一緒になって干支と呼ばれます。

 江戸検を受検される方は、この干支も必須事項です。

 干支も大事だといっているのは、第9回の記述問題に次のような問題が出題されている

からです。

 

文政12年(1829)年3月に中村座や市村座を焼いた「文政の大火」は、その干支から「己丑(きちゅう)の大火」とも呼ばれました。これに対して、その5年後の天保5年(1834)2月に中村座や市村座を焼いた火事は「(  )火事」と呼ばれます。(   )内に入る干支を漢字2字で書いてください。

この問題は難しいと思いますが、正解は「甲午」です。

「甲午火事」というのは江戸で起きた大きな火事の一つですが、江戸三大大火は覚えている人は多いと思いますが、甲午火事を知っている人はほとんどいないだろうと思います。

しかし、これは「干支」の仕組みを知っているとすぐに解ける問題です。

江戸検出題者の意図は、「『甲午火事』を暗記してください」というより「干支をよく理解していてください」ということだったと思います。

そのため、2月の江戸楽アカデミーで、干支の基礎となる十干十二支を覚えたほうがよいですよと言っておきました。

しかし、9月に行われた江戸楽アカデミーでも十干がスラスラいえる方はわずかでした。

「甲乙丙」までは言えても、その後はわからないという方がほとんどでした。

そこで、今日は十干(じっかん)について書こうと思います。

まず、十干とは

 甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・
 己(き)・ 庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)

 
です。

この十干は中国の考え方です。

中国の古代殷王朝の時代に1か月を10日単位に区切り旬(じゅん)と名付けました。その10日間ある旬を、一日目が甲、二日目が乙というように順に呼んだものが十干だそうです。

つまり、十干は、もともと1~10までを数える番号といってよかったようです。

ですから十干は10あるわけです。

それでは、この十干をどう覚えるかです。

これも人それぞれだと思いますが、苦労している方が多いようですので、参考になるかどうかわかりませんが私の方法を書いておきます。

一つは「甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)」と単純に覚えていく方法です

いってみれば、丸暗記です。

これも何回かやれば覚えられますが、最初は、ちょっと大変でした。

そこで語呂合わせも考えて覚えました。

「甲乙丙」までは基礎知識としてしっていましたので、それ以後の「丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)」の語呂合わせを考えました。

私が考えたのは
「帝母(丁戊)が寄稿(己庚)した信心(辛壬)記(癸)」
 
です。

意味は、「皇帝の母親が寄稿した信心の記録」ということです。

これで何回かやって覚えた後は、簡単に丸暗記できました。

語呂合わせは、いろいろ考えられます。すでに考えて覚えている方もいると思います。

ご自分で納得いく語呂合わせを考えてみたらいかがでしょうか?

また。十干は、音読みだけなく訓読みがあります。

つまり
 甲(きのえ)、乙(きのと)、丙(ひのえ)、丁(ひのと)、
 戊(つちのえ)、己(つちのと)、庚(かのえ)、
 辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)
 
があります。

これについても私なりの覚え方がありますが、長くなるのでやめます。

とりあえず、江戸検1級対策としては、十干の音読みを覚え、十干が漢字で書けるようになることが大事だと思います。



by wheatbaku | 2015-10-09 09:45 | 江戸検定
  

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